ぼくのタナカホンヤ(5)

縮小タナカホンヤ アイキャッチ
はい、どうも。
タナカホンヤのタナカです。

肩書きとしてのタナカホンヤ。

タナカホンヤの肩書

実際お店をはじめたきっかけは引っ越しだったというのが第1回での話。ただ、自分の居場所というかひととのつながりをもてる場所がほしいと考えるようになったのは2011年3月11日だった。

大地震のとき、東京でバイトしていて強く揺れている間このまま死ぬのかな、と不思議と怖くはなかったけど、ここでは死にたくないと思った。あの日ぼくは一度死んだ、ような感覚が何日か続いて、もう開き直ってこれからはもっと好きなことして生きていこうと強く思った。

改めて自分の好きなことを考えてみたが、特に思い浮かばない。とにかくネットの世界は便利だけどあまり好きではないし、やってみる、行ってみることでしかわからないことのが大事で、おもしろいとわかっているものよりおもしろそうというほうに引き寄せられる。いずれにせよ何かお店をもつようなことはやっていたと思う。

タナカホンヤはぼくのすきな本を並べ、誰かに知ってもらい出会うための居場所であり、就職?活動のようなものでもあり、肩書きでもある。そうして4年目を過ごしているのだが、なんとなくこれからの方向が見えたり消えたりしている。

つい最近、久しぶりの友人がふらっとお店にやってきた。

この友人はトカゲの研究をずっとやっている、見た目はごく普通のただしゃくれている男。いま、日本でトカゲばっかりを研究しているのは5人もいないらしく、世界をみても10人ほどらしい。そんなもんなんだなと思った。確かにトカゲの研究にどんな需要があるのかぼくにはさっぱりわからない。友人はトカゲだけでは食べていけず、大学で外来種の調査なんかをしながらしぶとく生きている。

2008年のある日、アメリカでヘビの研究をしているマッドという男を大島に連れて行くと友人が言うのでおもしろそうだからぼくもつれていけとお願いした。そして大島で友人たちと合流し車を借りて、大学教授の所有する趣のある平屋の家につれていかれた。それから4泊ぐらい毎晩この家の囲炉裏で大島名物のくさやを肴に宴会。くさやの臭いには慣れたけどもう食べることはないかもしれない。マッドは囲炉裏がお気に召したようで毎晩火を熾して楽しそうだった。

そして昼間の友人とマッドはトカゲではなくヘビを探しに毎日でかけた。聞けば今回はマッドの調査の手伝いを引き受けて来たからなんとかヘビを捕まえたいとのこと。そういう接待みたいなこともあるんだなと感心した。それにしても研究者同士の仲が良く、まぁトカゲもヘビも同じようなものかもと思うけど怒られそうで言えなかった。

ぼくはといえば、毎日することもなくぶらぶらと散歩して写真撮ったり本を読んだりうたたねして過ごした。一番の楽しみは風呂がないので夕方みんなで近くの露天風呂にいくことだった。ちょうど沈んでいく夕日がみれるので地元のひとも多く賑やかだった。混浴だからなのか水着を着ないと入れないところで、なんとも変な感じがして印象深い。

その後、ぼくは東京大学の近くでタナカホンヤをはじめて、友人は東京大学の研究室に勤めはじめ、帰りにふらっとタナカホンヤに寄るようになった。それからしばらくして友人は千葉の大学にもどりしばらく会っていなかった。

そんな友人がこの4月からスウェーデンの名門ルンド大学(1666年設立てすごい)で2年間勤めることになった。恐竜? の調査らしくトカゲも同じようなものなのか(これこそ怒られそうだけどくわしくは知らない)。トカゲの研究を12年もしぶとく続けているといろんなことがあって、まさかスウェーデンに住むなんて、話を聞きながらぼくは嬉しくてワクワクしっぱなしだった。

以前、フィンランドのヘルシンキのホテルの朝食バイキングで食べた生サーモンが衝撃的においしかった。大げさに言うといままで食べたもので一番だったから何回もおかわりしたしずっと食べ続けられると思った。この話を友人に熱く伝えたので、彼はあっちで生サーモンを食べる度にぼくのことをいやでも思い出すだろう。

とにかく2年後タナカホンヤを続けているのかわからないけど、しぶとく続けていれば何かあるかもしれない勇気をもらったし、できればまたタナカホンヤで再会したいものである。

タナカホンヤ 大島にて縮小
つづく