七月堂古書部のことを知ったのは東京新聞での連載で取材した2018年のことだ。その後、BOOKSHOP TRAVELLER で棚を借りていただくなど付き合いが続いていたのだが、移転すると聞いたときは驚いた。
出版社として40年超、古書部ができてからでも5年、明大前のあの場所に移ってから数えても十年以上は経っていたはずだ。
それが移転する、ということで大変な判断だったと思う。周辺住民の方との交流も少なからずあっただろうし、惜しむ声も少なくなかったはずだ。
移転の理由についてはこちらのブログを読んでもらうとして、公開以前から移転の話を聞いていた身としてはどこに行くのかは本当に気になることだった。
豪徳寺。と話を聞いたのは昨年の秋頃だった。実は豪徳寺には一度行ったことがあって、そのときは何とも言えず気持ちが悪くなってしまい早々に退散したのだった。あれは何だったのだろう。こういう言い方は普段まったくしないのだけれど自分にとって合わない気に満ちていたというかなんというか。
そういうこともあって移転先が豪徳寺と聞いた時は申し訳ないが「よりによって……」と思ってしまった。ところが、である。それから半年ほど経ち、取材に行ってみると、逆に驚いた。こんなに良いところだったのかと。
日差しが明るく差し込むちょうど良い広さの道に若者が開いただろうコーヒースタンドや洋食屋や八百屋が点在し、それでいてスーパーもあれば昔ながらの店もちゃんとある。
以前行った時のあの気持ち悪さは何だったのだろうか。もしかしたら単純に体調が悪かっただけなのかもしれない。
移転後の七月堂古書部は駅前の坂を北に上ったあと横道に逸れて住宅街をしばらく進んだ場所にある。道に向かって大きく取られた窓が目立つ。訪れたのは午前中だったのでカーテンで閉められていたが夜になったら本棚の並ぶ店内が外から見られて最高の景観になるだろう。
取材時はオープン前で店内はまだ本がそこら中に積まれていて雑然としていた。これから何かが始まる予感に満ちた雰囲気だ。
ソファーに座って店主の後藤聖子さんに話を伺う。と言っても雑談が主だ。
「良い場所ですねえ」
「出版業務も続けながら店舗移転だなんてお疲れ様です」
「皆んなに支えられてるおかげです」
などなど。
後藤さんと話していて思うのは自分と考え方が近い部分が多いなあということだ。新刊書店も古書店も経験がない状態で古書部をはじめて常に走りながら考えてきた後藤さん。分からないことでもまず始めてみて、失敗しながらそれでも関わってくれる人たちと自分が幸せになれるような状況を作れるようにどうにかしていく。
誰かから褒められた時に「皆さんのお陰です」と返すのは決まり文句ではあるが、こういう考え方・動き方をする人は本当にそう思っている。事実だからだ。
僕なんかよりも全然丁寧で素敵なお人柄で経験もたくさん経てきたお姉さんなので、大変おこがましいけれども勝手に同志みたいな気持ちを抱いている。
本編の方にも書いたが、豪徳寺に移って、出版と本屋の境がよりシームレスになった七月堂古書部で、これから何が起こっていくのか、と期待に胸を膨らませて帰路に着いたのだった。