誰が言ったか知らないが、創作において完全にオリジナルなものは存在しない。何らかの真似から始まる。この本屋本連載をはじめるにあたって、影響を受けた一冊を今回は紹介する。この本を読まなかったら今こうして本屋本の連載を書いていないかもしれない。
第一回の連載で少し登場したが、この本の発行元はH.A.Bである。巻末の紹介文によると、〈東京都台東区蔵前にて実店舗を運営(2020年9月閉店)。現在はwebのみで販売を行う。その他、本の取次、出版など。〉とある。
僕がH.A.Bの実店舗に行ったのは、2020年の4月の一度きり。ホセ・ドノソ『夜のみだらな鳥』(水声社)を買ったのをよく覚えている。短い時間だったが、店主の松井さんと日記本の話をした。『読書の日記』(NUMABOOKS)やZINE版・柿内正午『プルーストを読む生活』を眺めながら。
ZINEやリトルプレスを中心に好みのものが多かったのでまた行きたいと思っていたが9月に閉店してしまった。なので、オンラインショップで読書トートバッグを購入したりしていた(H.A.Bの読書トートは大きさや生地の薄さが本を入れるのにちょうどよく、バッグ単体でもしまいやすく、何より読書の二文字のデザインがオシャレで非常におすすめ〔今は2021年モデルが発売中〕)が、昨年、書籍版の『プルーストを読む生活』(エイチアンドエスカンパニー)が刊行されると、著者の柿内正午さんに僕が声をかけて寄稿してもらったエッセイアンソロジー『読書のおとも』をH.A.Bのオンラインショップで取り扱ってもらえることになり、再び松井さんとやり取りする機会を得た。
今では、僕のつくったリトルプレスをすべて扱ってもらっている数少ない本屋であり、とても有り難く思っている。これは声を大にして言いたいのだが、H.A.Bのオンラインショップの本の紹介コメントは秀逸だ。ありきたりな書き方でなく、読書時の実感がこもっており、どこかユーモラスできめが細かい、そんな中身が気になる紹介文。僕は本屋のオンラインショップのコメントを眺めるのが好きで、いろんな本屋を見比べているが、なかなかここまでのものはない(最近だと、埼玉の霞ヶ関のつまずく本屋 ホォルがやたら気合いの入ったコメントをしていて要注目)。
そんなコメント上手なH.A.Bから刊行された本屋本書評ZINEが本書なのである。面白くないはずがない。裏表紙の説明にはこうある。
〈――本屋の本を読む。/ただただ本屋について書かれた本を読み、それを紹介した書評集。といいつつ本屋の定義は曖昧で、取次など流通関連の本も多く収録。著者の守備範囲からISBNの付いていない昭和の本も紹介した本を売る人の本を読む本(Book of Bookstore's Book)第一弾。〉
先に言ってしまうが、この書評集の選ぶ本はかなり硬派である。昨年刊行された『ブックセラーズ・ダイアリー』のようなものもあるが、基本的に作者の興味があるものを年代順関係なく並べているように見える。書影の写真も載っているが、かなり年季の入ったものも多い。
〈本連載の選書は意図的に隔たっている。単純に、ちょっと本屋さんの仕事が知りたいなあ、という方向ではない。古い本であったり、人物もテーマも重箱の隅をつつくようなものが多い。しかし、その重箱の隅から新しい深淵が広がっているのもよく知られるところなのだが、さて。〉
と書いているくらいだから、そこに関しては自覚的にやっているのは明白だ。二つ目でさっそく大洋社の社史『大海原――さらなる発展に向けて』(大洋社)が登場するあたり(本書の表紙は大洋社の社屋の記念図書カードの印刷が使用されている)、「ちょっと本屋さんの仕事が知りたいなあ」という読者のことは、ほとんど考えてないのがかえって清々しい気持ちになる。
他にも東京堂や栗田出版販売の社史もある。それにしても読んでいくうちに、本書を読まなければきっと存在を知る機会すらなかったはずの社史が非常に魅力的に見えてくるのは何故だろうか。それはきっと取次関連の本の会社や人物の歴史の話になると抑えきれない熱意があふれていて、こちらに取次業についてもっと詳しくなりたいと思わせてしまう作者の言葉の力だろう。説明は丁寧でわかりやすく、読んでいるうちに出版業の奥深さがしっかり伝わってくる。仕事の情報と作者の思いを伝えるバランスが良いのだ。
『日本出版販売史』(講談社)の書評の中で、
〈七七〇頁の大著ではあるが、内容としては総論に近いものでもあるため、個々に深掘りした単著には及ばない部分もあるし、どちらが先かはともかく、エピソードの重複も起こる。ただ、個人的にはいくつか他の本を読んでから本書に手を出すのをおすすめする。大著を読むには、まず周辺を固めておかないと、あまりの情報の洪水に混乱してしまう。しかし、一度読み切れれば土台が固まり、それ以降の関連書の読書は格段に捗ることになる。あらゆる勉強の基礎とも言えるこの手順。そして読後の手応えは格別なはずだ。〉
と、関連書の広げ方を指南している部分は、独学で読書を楽しむ人へ格好のヒントになるのではなかろうか。この書評集の大いなる魅力はこの、紹介する本屋本自体の面白さだけでなく、本屋・取次・出版の歴史を通して、それらが密接に繋がっていることを知る知的興奮を与えてくれるところにあるように思う。『本の未来を探す旅 ソウル』(朝日出版社)の書評で、作者は、
〈勉強している人は美しい。実践している人はかっこいい。不勉強な私は国のことはまだよくわからない。でも、この本に出てきた人たちとはきっと友だちになれるし、いつかそうなりたいから、今日も本屋の本を読んでいる。〉
と書いていて、この言葉はそのまま、作者に返したいくらい素敵な文章だと僕は感じる。最後の書評は、『書店ほどたのしい商売はない』(日本エディタースクール出版部)で、本屋の最終日をめぐる心温まるエピソードで本書を締めているのも気が利いていて、見事な演出である。作者のプロフィールによれば、〈最近の悩みは文章が意図せずエモくなってしまうこと〉らしい。
ところで、今年5月の文学フリマで久しぶりに松井さんと出会った。というか、僕の出店したブースの最初のお客さんが松井さんだったのだ。その後、僕もH.A.Bのブースに行き雅子ユウの新刊『戦中統制取次 日配専務 大橋達雄の話』を買った。買い物だけして少しお互い読んだ本について軽く話すくらいだったけど。だからいつかじっくり話す機会があればいいなと思った。この本で出版の歴史に興味を持ってしまったし、いろいろ話を聞かせてもらいたいのだ。そんなことを思いながら、いま僕は本屋の本を読む本を読んでいて、さらには、その本について書いている。