本屋本と呼ばれる本でいちばん多いのは、本屋店主による本屋で働く日々のエッセイではないだろうか。2022年現在、独立書店もだいぶ増え、ただ本を売るだけでなく、カフェやギャラリー、イベント、棚貸し本屋、出版なども行う様々な営業スタイルの本屋がある。
個性的な本屋があるということは、個性的な店主がいるということである。本屋店主は、本が好きで面白い本を紹介する達人である。ならば文章も面白いにちがいない。そう思って読んでみれば、じっさいに面白いものは多い。本屋本は抜群に面白いのである。だが、この連載では本屋のことを直接書いたものだけが、本屋について語ることだけではないのを伝えたい。本屋本という言葉の意味を拡張したいのだ。
そこで今回紹介するのが、『本屋夜話「小鳥書房文学賞」詞華集』だ。「鳥」をテーマに募集された掌編の文学賞の受賞作十二作品をまとめたアンソロジー。文庫サイズのハードカバーのつくりがとてもキュートな本だ。主催が本屋(小鳥書房は出版社も兼ねているが)の掌編の作品集がどうして本屋本になりえるのかは、店主の落合加依子さんのあとがきを読んでもらうのがいちばんわかりやすい気がするが、まずはページを開くと美しい谷保の街の写真と文章が添えられていて、「小鳥書房」という谷保の本屋の姿がしっかり目の前に浮かぶ。
さらにいえば、この作品集が、直球のエンタメショートショートに限らず、文学作品も採用することによって非常にバラエティーに富んだ本に仕上がっていることも、どこか自由で、幅広く読者やお客さんに開かれた小鳥書房という本屋を彷彿とさせはしないか。アンソロジーといえど、本屋店主や本屋の存在を感じさせるのなら、やはりこの本も本屋本と呼びたいのだ、僕は。
この小さくて美しい本を持って休日に公園やカフェに行って読んだらきっと充実した時間を過ごせると思うし、寝る前に一編ずつ夜話に目を通すのもいいだろう。きっと読者にとって、不思議で楽しい良い夜が待っているはずだ。
では、ここからは短めの全作レビューを。審査員三名は、この本の中で、ほとんど個々の作品について言及していない(おそらく審査員側の言葉によって読者の読みを限定したくないからだろう)が、文学賞に選ばれた作品でもあるので、僕は書評としての部分以外に、少しだけ批評的な書き方をしている。以下、個々の作品について。
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「茶鳥のチャドリー、ヒトを知る」
たぶん漱石の『吾輩は猫である』は意識してたんじゃないだろうか。語りの調子が楽しいショートショート。審査員の田丸雅智が言う「アイディアがあり、それを活かした印象的な結末のある物語」に合致する作品。アンソロジーで重要な先頭バッターをつとめるのに相応しい。
「私・芸能人・鳥」
この作品はとても笑ったし、正直、驚いた。文学賞の受賞作でここまでネタに関与してくる人物名の使い方はほとんどみたことがない。面白いけれど、話の持っていき方が小説とは別のところにあると思ったが、著者紹介に芸人とあり納得した。
「鳥男のかなしみ」
マグリットのシュルレアリスムの絵のように、ぽん、と不思議な世界を提示して、こちらの脳を揺さぶる。会話のズレた感じも含め、アートのような小説で心地よかった。
「ヒトリノハオト」
これも語りの調子で押していくタイプのショートショート。「ヒトリ」というアイディア自体はさほど驚きはないが、最後にストンと宙吊りにするような終わらせ方が印象的な一編。
「ただ白くてほそ長い鳥」
言葉の選択、リズムなど文章面で収録作の中で頭一つ抜けていると思ったし、もっとも純文学寄り。夜の電話を題材にしているのも『本屋夜話』の雰囲気とリンクしているようで良かった。
「池くんの鶴」
続いてこれも文学作品。テーマの「鳥」に物語的な意味を持たせる作品が多いなか、リアリズムから離れず、折り紙の鶴による物質の描写で物語を浮かび上がらせるのに成功している。
「トリ」
日常がファンタジーに昇華する愛らしい作品。作者にとって大切な作品だと文章から伝わってくる。ただそれだけに、大切な小説の一行目は、もう少し他の選択肢がなかったか、熟考してもよかったのでは。よくあるイメージに引っ張られず、もう少し自分の言葉で。
「元不良ヒヨコが大空へ」
おそらく、この物語の最後の一行を読んだ時に、読者は自分自身に問いかけるだろう作者の言葉を。読書というものは、作者の言葉が自分自身に流れるのと同時に、絶えず自分自身で問いかけるものなのだと教えられた気がした。
「夜明けのコーラス」
短い作品の中で出会いと別れ、その先のラストまで描かれているスケールの大きい作品。その分、展開が慌ただしく、別れの部分のある事情が唐突に感じられちょっと浮いてるような気もした。
「鳴いて、そして香れば」
地味といえば地味だが、情景描写が巧みで、鳥の飛ぶ姿を目で追う作者の語りも心に残る小品。最後、主人公のしずかに熱い思考の流れも心をうつ。
「僕の王国」
主人公「僕」と妻の関係性なのか会話なのか、村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』を想起した。象徴的に穴が出てくるのもどこかイメージが近い。まあ、作者は意識してないかもしれないが。最後の終わらせ方が好みだった。
「とりとめのない話」
最後にこう来たか、と思わせるタイトル以上にグッとくる話。設定自体はどこか既視感があるけれど、作者の文章力がたしかだから、感動する物語になっているのだろう。
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最後に。落合加依子さんの日記『浮きて流るる』が新刊で発売されている。こちらは紛れもない本屋店主による本屋本である。