こんにちは。文学堂美容室retri 生田目です。
連日かなりの暑さが続いていて、思っている以上に体力を使っているのか、本を読んでいてもつい寝入ってしまう8月でしたが、気づけばもう終わりを迎えていることに驚いています。
月に一回連載させていただいた、この「日々是読書日和」も今回で最終回となるのですが、今までなかなか再読というものをしてこなかった中で、紹介したいと思った本を手に取って、読み返したり文章を考えたりすることの楽しさを毎回感じながら書くことができ、新たな読書の面白さを知ることができた一年となりました。
そしてまた、どういうテーマで、どんな視点で読むかによって「読み方」が変わる、ということや、時間が経って読んでみると意味や感じ方が変わってくる、ということを考えるきっかけにもなり、読書というのは人によって、状況によって、見方によって、意味や読み方が変わっていくということが、大きな魅力なのではないかと考えるようになりました。
その上で「書く」ということを通して、その時々の興味や関心、自分はこんなことを思っていたんだな、こういう表現がしっくりくるんだな、という普段言葉にしていない思いや考えを見つけることもできた時間だったなと。言葉というのは本当に不思議で面白いものだなということを改めて実感することができて、とても貴重な経験になったなとありがたく思います。
最終回は、連載を通していろいろ考えることができた感謝を込めて、やはり、「読書」をテーマに本をご紹介させていただこうと思います。
『さがしもの』(角田光代、新潮社)
本や読書にまつわる様々な物語が収められた短編集。
死を間近にしたお祖母さんに頼まれて本を探す話や、何度手放しても戻ってきてしまう本の話、万引きしてしまった本を10年越しに返しに行く話など、本を起点にそれぞれの物語が広がって、登場人物たちの「読書」や「本」に対する想いや捉え方が描かれています。
本を読むときには、今までしてきた経験や予備知識など、自分の中にあらかじめ備わっているものというか、前提として何を持っているかということが大きいのではないかなと思うのですが、
「かなしいことをひとつ経験すれば意味は変わるし、新しい恋をすればまた意味が変わるし、未来への不安を抱けばまた意味は変わっていく」
といった登場人物の言葉にとても共感できて、本が好きな人に対する慈しみみたいな、温かい気持ちを感じられて、やはり読書というのはいいなと満ち足りた思いになりました。本を読んで何かを感じるというのは、たくさんの経験をしていく中で、その時、その一瞬でしか感じられないものなのかもしれないなと。
一冊読むごとに蓄えられた知識やイメージというのは次の本を読むときの土台になるのではないかと思うので、自分だけの読書体験がある、ということを大事に読んでいきたいなと思える本でした。
『朗読者』(べルンハルト・シュリンク、新潮社)
十五歳の主人公の少年と、二十一歳年上の女性の出会いから生涯にわたる交流を通して、思春期の恋、女性の過去、主人公自身の人生など多くのことが語られる小説。
恋した女性に頼まれて主人公がする本の朗読というものが、女性にとって、そして主人公にとってその後の人生の中で大きな意味を持ってくるということが描かれていきます。
朗読という、ある意味では「物語を誰かに渡す」という行為が、二人の間で担う役割みたいなものが浮かび上がってきて、人の間にある隔たりと結びつきを描く物語なのかもしれないと思いました。
自分の中に物語を持つ、ということを自然で何気ないことのように思ってしまっていましたが、それが生きる上でどれほどの重みを持つかということは、もしかしたらあまり考えてこなかったかもしれません。
法律を学ぶ主人公の、
「歴史を学ぶということは、過去と現在のあいだに橋を架け、両岸に目を配り、双方の問題に関わることなのだ。」
という思いは、個人的な関わりの中でも、それぞれが持つ物語に対してどれくらいの距離感を持つか、どれくらいの影響を与え合うかと問うことにつながってくるのかもしれないなと。
基本的には一人で行う読書を誰かと分かち合うという、コミュニケーションとしての朗読を通して、読書というものでしか結べない想いや関係性というものもあるのかもしれないなと思いました。
この時期から本を読み始めた、と思えるのは、就職のために上京してきた二十歳くらいのときでした。慣れない仕事や人間関係、生活、そういった諸々の環境すべてが当時の自分にとっては変化の動きが速くて、そのバランスを取るためにかなり頑張っていたように思います。
そんな中で、読書というのは現実逃避でした。一旦現実から切り離されて、ちょっと立ち止まるというか、一つの完結した世界に入り込むというのは、気持ちを切り替える上で大事な拠り所になっていたと思います。そしていろいろな本を読んでいくうちに、少しずつ考えることや感じることが変わっていったような気がするなと。
逃げ込む場所ではあったものの、本を起点にしてさまざまな事柄につながっていくので、今度はそこから出発して新しい出来事に出会うことも多かったように思います。「文学堂美容室retri」も、そうやって本から本へと巡りながら辿り着いた場所であるのかもしれません。
そうであるなら、髪や本を通して、これからもその時々で変わっていく自分を確かめながら、そして、変わることができる、ということを楽しみながら、また次の場所へ向かっていけたらと思います。
なんとなく漂っている、言葉になっていなかった思いや考えを掬い集めて、文章にして誰かに伝えようとする中で、新しい考えや感覚が生まれていくように、人と話すときにも、読書という自分の体験を話しながらその場で一緒にそのとき感じたことを言葉にして、会話をしながら思考が変わっていったり何かに気づいたりすることもあって、それはとても楽しく得がたい時間だなと感じます。
これからもまた美容室という場所で、本を読んだり人と話したりしながら変わり続ける今この瞬間に、その人の気分になるべく合った、そこに何か物語が生まれるような髪を見つけていけたらいいなと。
本を愛する人が、機嫌よく次に向かえるように。そう願いながら、今日もまた読書日和です。
お読みいただきありがとうございました。
最後に、文学堂美容室retriとは
サロン名:文学堂美容室 Retri(レトリ)
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営業時間:平日 11:00~21:00 土日祝 10:00~20:00
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URL:https://www.retri-bungakudo.com/
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