第二回にして早速、本屋本のカテゴライズから外れたものを紹介することになる。タイトルからもわかるとおり、この本は、近代詩伝道師Pippoさんによる詩についてのインタビュー集である。しかし、この本は本屋本として読むこともできると僕は思う。というのも、七月堂古書部の後藤聖子さんとあんず文庫の加賀谷敦さんのインタビューが含まれているからだ。この連載では本屋本だけでなく、本屋の周辺から本屋について考えられる本も積極的にレビューしてみたい。本来とは違う角度から〈本屋本〉という光を照射することによって、新たな魅力を引き出せたら面白いと考えている。
『一篇の詩に出会った話』のインタビュー相手は十一名。西加奈子、穂村弘、辻村深月、宮内悠介などの人気の作家陣がいて、一体どんな詩と出会った話を知ることができるのだろうとワクワクしてしまうが、本業が作家ではないPippoさんのポエトリーカフェの参加者の方もいたりと、幅広い人選がまずすばらしい。たとえば、その参加者の一人、出光良さんは立原道造「中学一年生は誰でも」を紹介しているのだが、その中で中学一年生の時に立原道造の詩との出会いが語られていて、ここが本当にグッとくる。こんなすばらしい本との体験があるなんて。
〈本駒込図書館が、中学一年生のときにできたんですよ。行ってみよう! って行ったら、津村信夫の全集三巻本があって。日曜日に行くたびに、自転車の荷台にくくりつけて、帰ってきたっていう、それが始まりかな。そうしたら、犀星の伝記で知った、立原道造の全集も本駒込図書館にあった。それは全六巻本。またしても、自転車の荷台にくくりつけて帰った(笑)。どちらの全集も角川書店から出てまもない本(立原道造一九七一~七三年、津村信夫一九七四年)でした。〉
荷台に全集をくくりつける中学一年生の姿。本との出会いは人それぞれ。そして詩との出会いも人それぞれ。
七月堂古書部は今年、明大前から豪徳寺に移転した。東京で詩集が揃っている書店をあげるならば、まずはここ。そう言いたくなるくらい、七月堂古書部の詩集の並びは素晴らしく、お店に行って本棚を眺めていてまったく飽きることがない。他の書店にはなかなか置いてない詩集ともここでは出会うことができるはずだ。
僕は殿塚友美『fey』と七月堂で出会った。戦前の和紙を使用した手製の函入りの詩集で、中原中也賞候補作にもなった。初めて七月堂に行った時には売り切れていたのだけれども、サンプルを後藤さんに見せてもらってこれは欲しいと思った。肌触りがたまらない。いつか入荷したらいいなと再びうかがった時に手に入れることができた。この時の喜びは忘れがたい。自分にとってとても大切な詩集で、ことあるごとに読み返している。
『一篇の詩に出会った話』の中で、後藤さんは、西尾勝彦「ひきだし」について語っている。
〈たぶん「彼の職場の机のひきだし」って、これ、ご自身の「ひきだし」のこと言ってるんじゃないかなと。西尾さんと、それを見ている自分の二人がいて、はじめて話がまとまっている。ここに自分のなかにある善と悪、表と裏、精神と肉体みたいな、そういう二面性を見たんですよね。私におきかえると、イライラしたり、父を憎んでみたり、そんな日常を送ってきていたので、「拳銃」が、自分の心のなかの「ひきだし」にずっとあったんだけれども、それは「おもちゃ」でなくちゃ、ってやさしく諭されているような気がしました。本当に人を撃ったり、傷つけたりしちゃダメなんだ、って。でも、そういうのって持っているものだよね、っていうところに、すごく慰められたんです。〉
これに対し、インタビュアーのPippoさんはこう話す。
〈――「人を殺してはいけません」なんて言われるより、ずっと沁みますよね。あと、自分のなかに人を傷つける暴力性があることを、そっと示唆してくれる。〉
詩を読むことの効用が、濃密にあらわれてる対話だ。これが、詩のすごさなんだと実感させられる話であり、詩との理想の接し方であるとも僕は思う。
あんず文庫の加賀谷敦さんは室生犀星「小景異情 その二」をあげている。〈ふるさとは遠きにありて思ふもの〉からはじまる有名な詩である。じっさい、話の中でも有名だからスルーしてきたのに、すーっと胸にしみこんできたと述べている。こういう体験は詩を読んでいるひとにはけっこうあるのではなかろうか。
僕も中原中也が好きで、『しししし4』に「サーカス」についての随筆を寄稿したけれども、〈ゆあーん ゆよん ゆやゆよん〉で有名な詩であるからこそ、これで書くかは大いに迷った。もうちょっとマイナーな詩を選択した方がいいんじゃないか、と。でも、心に残るものは有名無名関係なくそれぞれの人の胸に残る。けっきょく、胸にしみこんでくるような感覚を信じるほかない。自分自身と詩を信じるしか。
大森駅から歩いて徒歩十分くらいのところにあんず文庫はある。僕はここでずっと探していた牟田都子『校正者の日記 二〇一九年』を見つけてとてもうれしかった記憶がある。そしてとても雰囲気の良い古本屋で、奥にカウンターバーがあり珈琲や洋酒も飲める。僕は、まだ飲み物をいただいたことはないが、いつか本を買ってゆっくりしてみたいなあ、と思っている。
そんなあんず文庫をはじめるのにこの詩の「ふるさと」が大きく関係していることが語られるわけだが、この開店までの思考の軌跡は、まさしく本屋本にふさわしい内容だ。本屋店主が詩集を通して本屋を語るということ。
〈――ふと、この詩を思い出す瞬間などありますか。〉という質問に加賀谷さんこう答えている。
〈それはもう毎日、毎晩、思い出してますよね。ずっと心にある。ぼくのなかでは、こう、迷ったときの旗印のような。この店を支えてるのは、間違いなく犀星のこの詩なのかなって。「小景異情」でありこの本ですね。〉
この本ではインタビュアーに徹しているが、Pippoさんの著書には『心に太陽を くちびるに詩を』がある。詩の入門書として最適で最高の一冊だ。未読ならば、ぜひ手にとってみて欲しい。