新年最初に紹介する本屋本としてこれ以上ふさわしい本はないのではなかろうか。BOOKSHOP LOVERでともに連載がつづいている「松永弾正の本屋紀行」の記事が書籍化されたのだから。発行元は第三回で紹介した『あの本屋のこんな本 本屋本書評集Ⅰ』(雅子ユウ)と同じH.A.Bで、HAB ZINEシリーズからの刊行である
裏表紙の説明にはこうある。
〈旅をして、本屋に赴き、話を聞く。資料を探り、事実を整理し、書き残す。本屋の歴史を繋げていく。いずれ失われてしまうかもしれない遠い未来のために「そこに本屋があった記憶」を留める本屋訪問記。〉
北は北海道、南は鹿児島までの本屋が紹介されており、目次の収録順に、神奈川、東京、愛媛、鹿児島、熊本、宮崎、大分、北海道、長野である。この順番は初出掲載順でもある。
最初に紹介されるのは、小田原で貸本屋として一九五六年に創業、その後、古本屋を一九六ニ年に始め、六十五年営業している高野書店。表紙が本屋の写真になっているが、各店舗の写真もそれぞれ挿入されているので店の雰囲気がつかみやすい。そして、作者の持ち味はいままさに店に入っていくリポーターのような語り口だろう。
〈店の戸を開けて右側から棚を眺める。どうやら自分の癖なのか、古本屋に入ると右側から棚を見るようだ……右利きだからなのかもしれない。根拠はない。皆さんは古本屋に入ったら左右どちらの棚から見ていくのか、気になるところだ。〉
考えたことがなかったが、僕も右側からな気がしないでもない。
文章から店内の棚を吟味し、回遊している作者の姿がありありと浮かんでくる。どんなジャンルの本が置いてあるかだけでなく、店と地域の歴史の関係性もしっかり書いているので、読む側も旅行をしているような気持ちになれる。
この高野書店の回では、小田原の貸本事情について書かれていてこれがすこぶる面白い。小田原地区の貸本屋の蔵書数は、小田原市の図書館より多かったという話や今では非常に高価な貸本漫画が当時は売れるものではなかった話など、長年やっている本屋店主からだからこそ聞けるような話が満載だ。僕はここに出てくる『近世貸本屋の研究』(東京堂出版)が気になり、すぐに図書館で取り寄せた。
本屋の紹介のあとには、購入した本も挙げられている。『消える本屋』(アルメディア)と『江戸時代の書物と読書』(東京堂出版)を購入した作者の、何故この本屋でこの本を手に取り購入したのかの経緯を読んでいると、本屋に入ってから出るまでを盗み見したような気分であり、誰かが本を本屋で選ぶ姿というのは面白いものなのだ、ということを改めて意識させられる。
この本で主に紹介されているのは古書店だが、二回目では、比較的新しい新刊書店、雑貨と本 gururi (谷中)が登場している。もちろんここでも店内をまわる姿が書かれるわけだが、思考しながら本や雑貨を眺めて本屋の特徴を伝えている。
早くも二店舗目で、本屋というものはひとつひとつ違うものなのだと実感させられる。当たり前といえば当たり前の事実なのだが、自分が直に見ていない本屋を、作者による別の目線から語られたうえでそう思えるのは、これはやはり作者、松永弾正の、本と本屋をそれぞれ分け隔てなく好きなものを率直に語る文章による効用だろう。
一店舗一店舗読むごとに、本棚を見て、店主に話を聞いて、買った本を紹介することの繰り返しが、馴染んでまた次を読みたくなるのだ。その中でたびたび、「要調査項目」と書かれているように、作者にとって本屋に赴き、本を資料として購入し出版史を調べることはライフワークでもあるようだ。
調査だからこそ、様々な想像をするが、調べて知っていることを確実に書き、間違ったことは書かないという姿勢も文章から見てとれる。ゆえに文章には抑制が働き、さらに丁寧さが加えられているようにも思った。それがまた好もしい。
あとがきのあとに、さらにあとがきのような形で、「書名についてのエトセトラ」が載っている。元々、検討していたタイトルの話が出てくるのだが、個人的にそこでちょっと意外な著者の名前が出てきた。いつか作者にお会いしたらこのことについて話をしてみたいところだ。