何やら「自炊代行サービスを有名作家7人が訴えたこと」に色々な記事が出ているようですが、考えを整理するために僕も書いておこうと思います。
- 「自炊」代行2社にスキャン差し止め要求 東野圭吾さんら作家が提訴
- 人気作家が「自炊代行」業者を提訴 津田大介氏らは痛烈に批判
- 東野圭吾氏らは電子書籍化を認めるべきか?
- 「本の尊厳をこんなに傷つけられる世の中になるなんて」
ちなみに僕の立場は以下の通りです。
- 業界関係者ではない
- 単なる本好き
- 紙書籍が大好き
- 自炊代行サービスは過去に一度利用→読みにくいのでそれ以降利用せず
- アマゾン並みに利便性が高い日本製の電子書籍エコシステムが出来て欲しい
- 有名作家7人の全員ではありませんが浅田次郎さんと大沢在昌さんは好きな作家さんです(皮肉めいた表現を使いますが、記事の目的が批判のためです)
- あくまでこの記事はネットをテキトーに検索して考えた僕個人の主観でございます
法律面
まず、実際、法律的にどうなのかということに関してはこの産経の記事によるとまだグレーゾーンのようです。僕の理解では、私的複製というのが「自分がコピーした場合のみ」を指すのか「自分がコピーしたいので誰かに依頼した場合」も含むのかによって判断が分かれるということではないか、と思います。
もちろん自分でやっても代行業者を使っても不特定多数への譲渡はダメでしょうが。
ちなみに、この訴訟が起こる前、漫画家や作家、出版7社は、自炊業者100社以上に対し、連名で「違法だからやめてよね!」って質問状を送りつけています。その影響で多数の自炊代行業者が廃業したとか。元記事がないので参照記事を → 自炊代行について。 漫画onWeb
なので、法律の解釈はとにかく。漫画家の佐藤秀峰さんが仰っているように(この記事には僕も同意です。ま、佐藤先生はラジカルな方なので違和感を感じる方も多いでしょうが)、この7人の売れっ子作家さんが主張されているのは「俺の本を勝手に自炊するなよ!」という気持ちに要約できるのだと思います。
他記事での論点
その上で、色々、この件に関しての記事を見て回ってみると論点は大体以下の3点にまとめられそうです。
- 作家が、電子書籍と紙書籍という対立論点で感情的に反対している点
- 違法ダウンロードと自炊代行に直接的なつながりが無いのに訴えてしまっている点
- 読者の要求に応えていないのに訴えている点
一つずつ考えを書いていきます。
1.作家が、電子書籍と紙書籍という対立論点で感情的に反対している点
まず、「1.作家が、電子書籍と紙書籍という対立論点で感情的に反対している点」について。
これはもう感情的という時点で議論になりません。作家が気に食わないことと読者が望むことが一致するとは限らないからです。もちろん一致するのがベストですが、ブックオフへの転売などそうでないことも多いのです。ですから、1番の論点については「感情的に許すかどうか」の水掛け論になるかと思います。
また、感情的議論に基づいて出来るかもしれない産業の芽を摘み取るような判例を作ってしまうかもしれないということは影響が大き過ぎる点からも非難できます。この場合は、先の質問状の様に反対運動レベルで留めるべきかと思います。
2.違法ダウンロードと自炊代行に直接的なつながりが無いのに訴えてしまっている点
次に2点目。「2.違法ダウンロードと自炊代行に直接的なつながりが無いのに訴えてしまっている点」ですが、これも感情的になってしまっていると言わざるを得ません。
まず、作家が実際に海賊版が増えたのかどうか。増えたとして自炊代行サービスがその原因なのか。についての説明をちゃんとしていないことが挙げられます。どうやら本に限らずインターネットを使用した海賊版の被害は増えているようですが、そのことと自炊代行サービスとの因果関係が不明です(本の海賊版の被害数を示したデータが見つけられませんでしたので、経産省のデータと警察庁のデータを参考にしました)。
政府模倣品・海賊版対策総合窓口2011年版年次報告書のポイント
警察庁だより - 不正商品対策協議会ホームページ
佐藤先生が仰っているように海賊版の業者は代行など面倒な真似はしないでしょうし、個人で特に無償で公開する場合は自炊などせず動画で映せば事足りるでしょう。
大沢在昌先生は「悪化が良貨を駆逐してはならないと自炊代行サービスが海賊版が大量に普及するきっかけになりかねないので」と仰っていますが、これは「これから」のことであり、今まで1年ほど自炊代行業者が乱立していた状況の中で海賊版が本当に増えたのかどうかを検証してみないとことには「取り越し苦労」の可能性もぬぐえません。
もし確かに自炊代行サービスが海賊版の増加に寄与しているという証拠があれば売れっ子作家先生にはぜひとも見せて頂きたいものです。
スキャン代行業者提訴で作家7名はかく語りき
3.読者の要求に応えていないのに訴えている点
3点目です。「3.読者の要求に応えていないのに訴えている点」について。
これが批判されている理由の核心だろうと思うのですが、そもそも自炊をするような人はA.「置き場が無いほど本を買っている人」かB.「重い本を持ち歩きたくない人」かC.「その両方」しかいないと思います。その中でもするとしたらAとCの人だと思います。
自炊をするのは自分でしても面倒でしょうし、代行業者に頼んだところで本を送らなくてはいけないのでこれも面倒だからです(頼んだことがありますが面倒で箱に詰めたあと3カ月ほど放置してしまいました)。重いからという理由だけでするには自炊は面倒すぎます(Bのみの動機で自炊代行を利用する人は少ないと考えられます)。
そんな手間をかけてまで「本を読みたい。」「手元にある本を物理的に置けなくても情報として持っていたい。」と思う人というのは(特に前者「置き場が無いほど本を買っている人」は)中々の本好きであると思うのです。
とすれば、出版業界は、愛書家の電子化ニーズに応えきれていないために自炊代行サービスが流行ったというネット上でよく見かける論は正しいのだと思います(ここは実態がどうなのかのデータがあれば頂ければと思います)。
海賊版との関係
さらに言えば、そんな本好きであるならば出版社や著者、紙書籍に対して愛着を感じていることも考えられるわけで、そうなると自炊→海賊版という流れにはならないことは間違いないでしょう。
もし自炊→海賊版という流れになるとしたら
- 「「重い本を持ち歩きたくない人」が一定数以上になり、
- 「自炊代行業者がより多くの人に認知され、
- 「駅前など立地の良い場所に進出し(もしくは販売と同時に電子化する)、
- 「手軽にものの何分かで電子化できる」
(質問状以前に僕も利用してみようと思って調べていたことがあるのですが、ネットで購入と同時に電子化する自炊代行サービスもありました。どこかは思い出せませんが。これについては気軽過ぎるという点で危惧するに足ると思います。)という状態でなければ無理でしょう。自炊代行という手間を払ってまで公開することの利益が海賊版作成者側に無いからです。
つまり、現状で自炊代行サービスが海賊版につながっている証拠が無いにもかかわらず、海賊版が増えるかもしれないという危惧のみで訴えているというように見えるのです。しかも、この危惧は先に書いたように気軽に自炊代行が出来るようにならなければ(つまり、ニーズが顕在化しなければ)現実化することは無いでしょう。
また、「この気軽に自炊代行が出来る状態」になるにはまだ時間がかかると考えます。それほど自炊のニーズがあると思っている人はまだ少ないのではないかと思うからです。
今回の訴訟の理由
以上のことからこの売れっ子作家による訴訟の理由は以下の3点ではないかと考えます。
- 感情的に自炊代行業が許せないだけ
- 海賊版によって収入が減る
- 電子書籍事業に本腰を入れ始めた出版社にのせられた
1番と2番については議論の余地がありませんね。放射能やらTPPやらと同じで感情に訴えるのは「文化を守る」にしても「自己利益を守る」にしても良い結果は得られません(もし本当に1番2番のみの理由で作家先生方が訴えているのでしたら、正直に「気に食わないから法律に則ってケンカ売っちゃる」と言って欲しいものです。ま、大人の事情で無理でしょうが)。
しかし、「3.電子書籍事業に本腰を入れ始めた出版社にのせられた」については会見での裁断本積み上げ演出といい可能性はありそうなです。ですが、そうだとしたら出版業界には頑張ってもらって、早いところ読者にとって利便性の高い日本製の電子書籍を作って、守りたいものを守って欲しいものです。
最後に
余談ですが、出版文化とか業界団体の保護とか言うのでしたら、まず書店で自炊代行サービスを始めるべきだと思います。顧客データも集まるしDRM的な処理が施せれば海賊版になる心配もない。
自炊代行を提訴する作家の偽善~再販制度での裁断本のほうが遥かに多いゾ
如何でしょうか。書店さん!
そういう動きが書店側からあれば出版社ももっと危機感を持って読みやすく見つけやすい電子書籍を告知しそうなものですが。