はい、どうも。
タナカホンヤのタナカです。
タナカホンヤのはじめてのこと。
タナカホンヤとはじめて
ぼくが本を読むきっかけになったのは、アンディ・ウォーホルの 『ぼくの哲学』(新潮社)だった。
自身が語るエッセイで、変人だけどハッとさせられる考えだったりシンプルでユニークな暮らし方が和むというか愛される存在のひとなのがわかる。今回の連載でタイトルに使うぐらいぼくのバイブルだ。
世の中にはいろいろなはじめてがある。
ぼくが20歳すぎの頃、友人とのささいな会話から衝撃を受けたのを憶えている。その友人の友達はいままでコーラを一度も飲んでないという話で、そんなひとがいるんだと驚いた。そのまま50歳、60歳になってからはじめて飲むコーラの味はどんなものだろう、となんだかわくわくして夢のある話だと思った。
その人はどう感じているのか知らないけど、多くのひとが知っているようなささやかなことに未経験でいるのは案外難しいのかもしれない。そのことがぼくにとって、なんでもかんでも体験すればよいというよりも、自然体にそういうタイミングがきたときに知ればいいんだなと、心にゆとりがうまれた出来事だった。
ぼくのコーラの思い出といえば、小学生のころにマクドナルドでフィレオフィッシュバーガーセットのポテトをほうばり喉がつまったところにコーラを流しこむのがお決まりの食べ方だった。
そのころは週末にどこかに出かけたとき、近くにマクドナルドがあればお昼にするぐらいで、マクドナルドの看板をみつけたときにはフィッシュバーガーが食べたいと言っていたと思う。当時のフィッシュバーガーは発砲スチロールの容器に入っていて特別なちょっと贅沢な気分を味わえたから好きだった。結局コーラはハンバーガーとセットで飲むもので、いまでは1年に1回飲むぐらいだ。
そういえば海外に行くと、その国のマクドナルドに行くのが恒例になっている。国によってオリジナルバーガーがあったり、地元民の雰囲気はみていてほっとするのでみつけたら寄ることにしている。
どんなささいなことでもぼくのはじめての体験はまだたくさん残っている。
特に思いつかないけど、そのときどきに感じることができればいい。
あくまで自然体でありたい。
ちなみにぼくのはじめての朗読は「音と水の散歩」のライブイベントだった。
つづく