こんにちは。文学堂美容室retri 生田目です。
11月になって気持ちのいい気候になりました。
本関係のイベントも多いように感じていて、各地で開催されている古本市や文学フリマにも行ってみたいと思っています。やはり晴れの日が多かったり暑すぎず寒すぎずの時期はいろいろ意欲が湧いて活動的になりますね。
そういった本のイベントでは、ZINEなど個人が製作した本や冊子との出会いがあると思うのですが、文章を書いて発信する機会が増えたからか、ウェブでのブログやエッセイが話題になって書籍化されることも多いし、日記本というジャンルもあって、いろいろな文章に触れる機会も増えたように思います。
個人的に夏の暑い時期には、エッセイや日記が読みやすかったのですが、短いものが多いし、どこから読んでもいつ止めてもいいというのが、暑さに疲れているときに良かったのかもしれないなと。
あらためてエッセイとはなんだろう、と思い調べてみたのですが、日本語では「随筆」が適当でしょうか。「随」とは従う、という意味で、「心に浮かんだことや見聞きしたことを筆にまかせて書いた文章」が随筆ということでした。その著者のものの見方や考え方を、その時そのまま書いていく、というのが面白いなと思います。
そこで今回ご紹介するのは「随筆」です。
「おばらぱん」堀江敏幸 新潮文庫
パリ郊外に暮らしていた著者が綴る、 異国の地で起こるあれこれからさまざまに思いが飛ぶエッセイ集。15編収録されている中にはパリでの話に限らず日本での出来事もあるのですが、ぼんやりと立ち上がる情景に引き込まれていくうちに、著者の感性や想いが現れてきて、微妙な心の揺らぎが独特な読後感をもたらします。静かなフランス映画を観るような。
美容師をしている身としては、開発で移り変わっていく街の寂寥感のようなものが後を引く「床屋嫌いのパンセ」が印象に残ります。床屋が嫌いで、余計な会話はしたくなく、シャンプーの時には痒いところはないかなどと聞いて欲しくない著者が、理想的と思って入った床屋とその時期に読んだエッセイの一節に符合するものを見つけて思いが巡ります。
濡らして絞りを甘くしたタオルで頭を右に左に打ちつけられ、注文したのとは違う「茹で卵の上部に焼きのりでも貼り付けたような」仕上がりに、「予想していたより短い」と伝えても、「そういうこともある」と動じるふうもない床屋とのやりとりや、その床屋にしばらく通うことにする著者の人柄に思わず微笑んでしまいました。
知らない床屋さんに飛び込む勇気はありませんが、自分だったらまた違った展開になっていただろうなと思うと、物事の選び方で人生変わってくるなと。どんな出来事が起こるかということは、ある程度、その人がどういう人か、ということに因るのかもしれないなと思いました。
「料理心得帳」辻嘉一 中公文庫
懐石料理「辻留」の二代目 辻嘉一が、新聞などに執筆していた随筆をまとめた「料理心得帳」は、一般の家庭に向けて食材や料理法、食の歴史や作法などを解説したもので、一流を極めた職人の上品な文章と確固とした矜持が味わえます。
「春に苦味、夏は酸味、秋に甘味、冬は濃味」
「そばの生命は、そばそのものの滋味と茹で加減の歯ざわり舌ざわりと、咽喉をすべりゆく心地よさ」
「人間の微妙な感情をとらえるのに、照明に心を遣うことがいかに大切なことか」
といった金言のような言葉から、ことわざや食に関する和歌、年中行事の由来など驚くほど広い範囲の教養にも触れることができます。
「季節によって味覚が変わるので、調味も変化するのは四季に暮らす日本人独特の感受性」、というところから「人間の陰陽二つの面が繰り返し交互にあらわれることによって微妙な心理のアヤが生まれてくる」という深い洞察が語られるなど、読んでいて背筋が伸びるような文章がつまっています。
味を判断するために空腹と満腹の中間を保つ、というプロのスタンスに大いに共感しました。一流の人が見ている世界を少しだけ垣間見ることができて、普段何気なく済ませてしまう食事に対する向き合い方を変えてみようかな、と思える本です。
食べ方ひとつとっても、「お新香を間合間合につまみながらいただくことで、天ぷらの味がより一層引き立つ」など、言葉にすることによって今までまるで気にもしていなかったことが意識されるので、言葉にする、というのは季節や時間をより豊かに味わうためのひとつの方法かもしれないなと思いました。
11月は、後から思い返して「何をしていただろう」と印象が薄いことが多いので、記録と記憶に残すためにも日記でもつけてみようかな、という気になっているのですが、日記が続いた試しがありません。ですが、「随筆」を書いてみようと思うと不思議と意欲が湧いてきました。随筆を書くために日々の記録を筆にまかせて書いてみるのもいいかもしれないなと。
年末は何かと忙しないので、流れてしまって何もなかったかのように思える時間も、文章の形にすることで、「確かにあった時間」として自分の中で感じられたらいいなと思います。人それぞれの、そこにあった時間を体験できる随筆を読みながら、年の瀬に向かうこの時期特有の雰囲気を楽しみつつ、今日もまた読書日和です。
最後に、文学堂美容室retriとは
サロン名:文学堂美容室 Retri(レトリ)
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