こんにちは、はじめまして。文学堂美容室retri (レトリ)の生田目です。この度お話をいただき、BOOKSHOP LOVERさんで本の紹介をする連載をもたせていただくことになりました。ありがたいです。ありがとうございます。
文学堂美容室retri (レトリ)とは
まず本題に入る前に自己紹介を。retriはBOOKSHOP TRAVELLERさんと同じ下北沢にあり、半個室のような部屋が3つある美容室で、本棚で仕切ってあります。夢の「天井近くまである本棚」です。趣味を全面に押し出したお店を開いてしまいました。
漫画が多めの部屋だったり 「今月のおススメ」の棚(といっても直近で読んだ本、という感じで、記憶も比較的新しいのでご紹介できるかな、くらいのものですが)があったりします。だいたい二千冊くらいはあると思うのですが、基本的には分類も何もなく雑多に並んでいます。元々おそらく三分の一くらいが私物として持っていたものですが、開店の時並べてみたら全然足りず、慌てて買い足しました。なので半分以上は未読で、盛大に積んでます。 お好きな席にお座りいただいて、本の移動もご自由にどうぞ。
本を処分できない質なので、本棚を増やしたくて引っ越しを繰り返し、最終的にこういう形になって、まさか本に囲まれて美容師の仕事ができると思っていなかったので、本当にありがたい限りだなと。本棚で囲んでしまったので圧迫感があるかもしれないとも思ったのですが、実際は本がたくさんあることはそれだけで最高……となり、毎日ニヤニヤしながら仕事しています。仕事をしているという感覚はないかもしれません。いつも、ついお客様と本の話をしながら気づけば時間が経っていて、本屋さんにいるときもそうですが、本のある空間は時空が歪んでいるのではないかなと思っています。
自分が本に囲まれたいという思いだけで始めてしまい、本屋さんや出版業界のことを何も知らずに「文学堂美容室」などという身の程を知らない看板を掲げてしまったので、和氣さんにいろいろと教えを乞い、日々お客様と本の話をしながらおかげさまで開店からもうすぐ4年になります。
美容師として独立してお店を開こうとなったとき、「何かウリになるものがないか」と考えていた際に、ふと「そういえば本が好きだったな」と思ったのがきっかけでした。 「本」と「美容室」を結びつけたお店ができないか、となったのです。本というのはいろいろな「きっかけ」になると思うのですが、「本」そのものがきっかけになることもあるのだなと思いました。
そうやって考えていくうちに美容室と本というものには通じることがいろいろとあるなと、今まさに進行形でたくさんの可能性を感じることができているのがありがたいなと思っています。
さて、自己紹介はここらで終わりにしてここからが本題です。
知らない世界を垣間見る
皆さんは読書する「きっかけ」になった本を覚えていますか。
私の場合ですが、実は実家にいた頃は、ごくたまに本を読むくらいで、読書は好きでしたが趣味という感覚はなく、テレビをみたり他のことをして過ごしていました。
就職で上京してきた時は半年くらいテレビがなく、手軽に携帯で動画やSNSを観られる世の中ではなかったので、久しぶりに本を読もうかなと思ってたまたま本屋さんで手に取った本が、宮本輝「オレンジの壺」でした。主人公の女性が、祖父の遺した日記に書かれた謎を追ってフランスへ旅立つ物語です。
完全にタイトルと装丁買いでしたがめちゃくちゃ面白くて、そこから日常的に本を読むということが始まりましたが、もしそのとき別の本を手に取っていたり合わなかったりしていたら、今また違う人生になっていたかもしれないと思うと不思議です。
作家さんにハマってしまうタイプなので、しばらく宮本輝作品を中心に読んでいたのですが、今思い返してみるとその当時の自分よりだいぶ年長の登場人物が多く、結構渋い本を読んでたなと。
自分で経験していないこと、知らなかったことを本を読んで知って、それだけで少し世界の見え方が違う気がしていたように思います。
知らない世界を垣間見て、自分も少し変われたような感じがあったのですが、身近にない世界というか、今の自分との距離感が遠いものを読みたい時期があるなと思います。逆に、もはや自分のことが書いてあると思えるような本に出会うこともあったりして、おお!と思うこともたまにあります。
前に進むための力をもらえた
本を読んだとき、今の自分にピッタリだと思ったことはありませんか。
お店を始める前にも本屋さんというものに対して憧れはありましたが自分で書店を営むということは考えていなかったので、本当に何も知識がなく、それで「文学堂」を名乗るのだから恐ろしいものですが、そんなお店の開店当時に出会ったのが内田洋子「モンテレッジオ 小さな村の旅する本屋の物語」でした。
イタリアの山奥にある、代々本の行商を生業とする村の人々のルポで、本が出版されるようになった時代からの歴史、イタリアの本屋さんの佇まい、本に関わる人々の人生や矜持のようなものがすごく胸に響いて、本を読む喜び、本という文化のありがたみを強く感じる本でした。お店を始めたばかりで宙に浮いたような感じだった頃、本を通じて人と関わっていくこと、何かを生業にして生きていくことを考える機会になりました。
美容室と本屋さんとは割と距離が遠いものだと思っていましたが、憧れを抱いたり勇気をもらえる生き方を知ることができたとき、前に進む力のようなものをもらえたように感じました。独立してお店を開くという人生の大きな転換期に、この本を読めて良かった、宙に浮いた状態から少しだけ地に足がついたような気がする、と思って、また少し変わることができたかもしれないなと。
少しずついろんなことを知って、変わっていく中で読む本も変わってきて、そしてまた、読む本から自分も変わっていく、その繰り返しを振り返ると、読書には流れがあるなと思うのです。
数珠つなぎで愉しむ読書
何気なく選んだ本同士がつながっているように思ったことはありませんか。
本から本にもつながるし、普段の生活からも本につながっていくということを改めて気づかせてくれたのが平松洋子「野蛮な読書」でした。
縦横無尽にどこまでも広がっていきそうな読書エッセイで、本から生活へ、生活から本へと数珠繋ぎのように不思議な味わいの文章引き込まれながら、出てくる本は全部読みたくなるものばかりでした。
本屋さんにいくと、妙に気になるというか、目が合う本がありますが、普段の生活や読んだ本から無意識に結びついていくものがあるのかもしれないと思います。
一人ひとりに読書の流れがあって、美容室という場所で来てくださったお客さんといろいろな話をしながら、ひと時その流れが混ざり合う時間が楽しいのですが、その流れはぶつかるかもしれないし、逆流することや勢いが増すこともある。気づかなかったことを発見したり、自分では選ばない本を読みたくなったりすることもあって、そうやって広がっていくので、読みたい本は加速度的に増えていきます。
全ての本を読むことは物理的に不可能なので、何を読んでいくのか、どういう流れができていくのかが大きいなと。それもまた物語だなと思います。
その時の体調で読めなかったり、現実の問題が気になって文章が入ってこないこともありますが、そこから抜け出た時にはまた読む本や感じることも変わってくるかもしれないな、と思うと、これから自分が何を読むのか、何を感じるのか、とても楽しみですね。
本を愛する人が、機嫌良く次に向かえるように
髪を切ったり、パーマをかけたり染めたりすることは、日常の中での小さな生まれ変わりなのではないかなと思っているのですが、お客様にとっても、その日常の流れの途中で、本に囲まれながら髪型を変えて、リセットできる時間になったらいいなと。
美容室に来る前とはちょっと気分が変わって、できれば少しだけ機嫌が良くなって、また次の場所に向かえるように。
これからも読書の日々は続いていくと思うのですが、人から本を教えてもらうのが一番幅が広がるし飛躍するなと実感しているので、今日もお客様と本の話をして、その流れに身を任せながらこの連載を書いていけたらと思っています。読み終わって、良いものを読んだな、という余韻に浸れる本との縁を楽しみにしながら。
最近読んで良かった本はありますか。