2020年夏に福岡は六本松に開店した本屋「BOOKSHOP 本と羊 & FARMFIRM DESIGN」。店主の神田裕さんに本屋になるこれまでといまとこれからを語ってもらう連載「本と羊をめぐる冒険~本と羊が出来るまでとこれから。~」。
第三回目となる今回は福岡の本屋詣でをした日々の日記です。
2019年残暑の9月。福岡市内での滞在日記。ひとりきり、たまにふたりの17日間。
記録のために書いていた短い日記を見返す。細かい記憶は薄れているので淡々と出会いや出来事を書いていく。
9月3日(火)初日
午後2時半、福岡空港着。中洲川端にあるウィークリーマンションへ。階上の足音がうるさい、見た目とは裏腹に安普請な部屋。すぐ先にラブホテルが、その向こうに博多ポートタワーが見える。夕方、中洲のドンキで買い出し。カジュアルなバーでハイボールとつまみを食べ、部屋に戻る。移動の疲労で22時半に就寝。眠りは浅い……急激に不安と孤独が襲う。
9月4日(水)2日目
昼に親不孝通り裏にある「本のあるところ ajiro」へ。出版社さんが経営する本屋。スタッフの方々にお会いしご挨拶。午後、中央区六本松の「書肆 吾輩堂」へ。長屋を改装した和モダンのおしゃれな本屋さん。女性店主さんのたたずまいに緊張しまくりで誰もいない静寂な時間に耐えられず、30分で退散、人見知り炸裂……。
9月5日(木)3日目
午後、南区市崎の「Books Cyan」へ。古いビルの中にある、女性ライターの方が営む小さな絵本専門店。店主さんのそばには、愛猫あおちゃんがすやすやと籠の中で眠る。シナモン色の可愛いあおちゃんにメロメロ。彼女にネットで探して気になっていたユニークな不動産屋の話をしたら、すぐ近くです、しかもこの物件もそこで探してもらったとの話。その後お店へ向かい、会うことが出来た。
探している物件の希望エリアを話す。福岡市内のエリアリサーチに長けており、詳しい話を聞くことが出来た。この方ならと物件探しを依頼。かなりユニークな人。スーツなど着ない不動産屋さんなんて初めて見た。
9月6日(金)4日目
午後、市内の警固町にある「ブックスキューブリックけやき通り店」へ。この街の名士であり、本屋になるならこの人を避けて通れない店主の大井実さんに会うためアポイントメントをスタッフの方にお願いした。その後、近くのビルの二階にある「ルーモブックス」さんへ訪れる。古本と鉱物の並ぶお洒落な空間。グラフィックデザイナーのお二人が経営されている。同業者は少し安心する。渋い選書で憧れてしまう。
昼食後、城南区別府にある古本屋「徘徊堂」へ。足の踏み場もないようなカオスな店内に東京の中央線の「西の文化臭」が漂う。店主さんにおそるおそる話かける。「なんで福岡でやるの? やめた方がいい」「最近の新しい古本屋にはゴミしかない」「福岡の古本市場にはいいものはない」と辛辣かつ正直な意見をいただく。でもあなたもここでやってますよね? と心の中でつぶやきながら店を後にした。
長くなってきたので少し端折ることにする。
9月7日(土)5日目
午後、唐人町にある「寺子屋 とらきつね」で代表の鳥羽さんに会う。緊張しかなかった。午後、ブックスキューブリックの大井さんにアポが取れた。緊張して来る。夕方、妻が福岡に来た。ほっとする。
9月8日(日)6日目
二人で芥屋海水浴場で開催されるサンセットライブへ。暑い、最高、以上。
9月9日(月)7日目
本屋に行かない日。中央区白金、高宮エリアのお店を二人で訪ねる。夕方、妻帰京。寂しい。
9月10日(火)8日目
腰痛悪化、1日中部屋に籠る。ここまで来て何をやってるんだろうか、俺は。
9月11日(水)9日目
腰痛収まり、午後、平尾にある「コトリノ・古書店」へ。フォトグラファーが本業の女性店主さんが選んだ、鳥に関する絵本や古書が並ぶ。初対面でなかなかの毒舌。ここまでざっくばらんに話が出来る人もそうはいない。楽しい時間。
9月12日(木)10日目
また腰痛でダウン。もういや……。
9月13日(金)11日目
なんとか良くなったけど恐る恐るで午後3時に「ブックスキューブリック箱崎店」へ。ついに大井さんに会う。「巨匠」。緊張MAX。喉がカラカラ。話の間しどろもどろで記憶がない。30分も話が出来たかどうか……。店を出ると安堵で体の力が抜けた。市内に来ていた妹と甥っ子と糸島に行き夕陽が沈むのを見て泣きそうになった。この滞在の峠は超えた。
もっと端折る。
9月14日(土)12日目
昼、西戸崎にある「ナツメ書店」へ。本屋に行き、本に出会う。そんな物語性を感じる素敵なお店。ロケーションの妙というべきか。ご夫婦もまさにこの場所がふさわしい様なお二人。夜は中洲のジャズイベントへ。街中がジャズで溢れている。夜と川端とビールと雑踏とジャズ。いい孤独な福岡の夜を味わうことが出来た。
9月15日(日)13日目 & 9月16日(月)14日目
休息日。本屋詣でも少し飽きた。
9月17日(火)15日目
春日市の春日原駅前にある絵本専門店「エルマー」へ。30年以上の老舗。女性店主さんが親身にいろいろと話を聞かせてくれた。でもたぶん彼女は僕が「絵本屋」をやると思っていることを後で気づく。まだその誤解は解けぬままだ。行かなきゃ。
9月18日(水)16日目
疲れもピーク。部屋の片付け、友人との夕食。そんな1日。東京に帰りたい。
9月18日(水)17日目
長い滞在を終え夕方に帰京。
この17日間は僕にとって、書ききれなかった多くの出会いが生まれ、本屋を開業するための悩ましくも希望の持てる経験となった。いよいよ福岡単身移住へと話はすすむ。どうなるんだ俺? (続)