本ブログでもまとめた藝術学舎講義「いつか自分だけの本屋を持つのもいい」。全5回の講義の内、最終回に来られたのが「古書日月堂」店主の佐藤真砂先生だ。講義の模様は以下のリンクからご覧になって頂くとして本エントリでは講義前に「古書日月堂」を訪ねたときの記録を書いていきたい(以下は2013年3月9日の記録である)。
- 古書日月堂サイト http://www.nichigetu-do.com/
- 芸術学舎 講義「いつか自分だけの本屋を持つのもいい」第五回講義レポート 佐藤真砂「女性古書店主の愉快な日々」 http://bookshop-lover.com/blog/itukahajibundakenohonyawomotunoii/
まとめ
時間のない方のためにまとめです。
- 品揃え:戦前の紙もの。価値あるものがてんこ盛り。
- 雰囲気:更新されたクラシックというイメージ。クラシックな古書店でありながらカジュアル。
- 立地:表参道駅A5出口より徒歩7分。根津美術館の目の前。
TEL&FAX : 03-3400-0327
営業時間火・木・土曜 : 12:00~20:00 月・水・金曜 : 不定休 日曜:定休日
E-mail : info@nichigetu-do.com
URL:http://www.nichigetu-do.com
Facebook:https://www.facebook.com/pages/%E5%8F%A4%E6%9B%B8-%E6%97%A5%E6%9C%88%E5%A0%82/283455908403652
マンションの中は真っ赤な異世界
表参道駅に着く。A5出口から地上に出て道なりに真直ぐ。ブランドショップが立ち並ぶ豪勢なエリアである。立ち込める場違い感を勇猛果敢に無視してひたすら真直ぐ坂を下る。途中、以前紹介したユトレヒトを見かけた。そうか。近くにあるのか。帰り道に寄ろう。坂を下りきって根津美術館が見えてきたころ右手に店舗としても使えるマンションが見えた。この2階にあるのが「古書日月堂」だ。
- 本屋探訪記Vol.57:東京表参道にあるUtrecht(ユトレヒト)では国境を越えたアートの繋がりを感じられる http://bookshop-lover.com/blog/bookshopviewing57-utrecht/
恐る恐るマンションの中に入り込み階段を上る。左手に店の明かりが見える。中に入ると広がる真っ赤な異世界。古書日月堂の店舗の什器はすべて真っ赤である。濃紺の壁に真っ赤な什器。さすが南青山にある店。古書店とは思えないオシャレさ。間違っても本が積み重なって今にも崩れそうな古書店ではない。どちらが良いとは言えないしそういうクラシックな古書店も好きだが少なくとも立地の面からみれば完全にマッチしているように見える。
あのケルムコット・プレスを手にとって見れる!
古書日月堂はその名の通り古書を扱うお店だ。古本ではない古書である。戦前の本や戦後間もないばかりである。和本ではなく洋装メインの品揃えで、まさか南青山で文字を右から読むような本を見ることができるとは思わなかった。
芸術学舎の講義の件もあるので、店主にいろいろお話し頂きながら見ていたのだが(佐藤さん。ありがとうございます!)、その中で驚いたのがあのケルムコット・プレスを手にとって見ることができることだ。
ご存じだろうか。ケルムコット・プレスとは、アーツ・アンド・クラフト運動の中心として活躍したウィリアム・モリスによるプライベートプレス(今でいう自費出版)のことである。
産業革命が起こり比較的安価な工業製品が出回り始めた社会において、「そんな粗悪なものではなくて昔ながらの職人のハイクオリティ製品を愛でようぜ!」というこのアーツアンドクラフツ運動は結局のところ作られる製品が高価だったため普及せずに終わってしまったのだが、やはり当の本人が作っているだけあってウィリアム・モリスが作った本は素晴らしいものがあり本好き羨望の逸品なのだ。
- ケルムコット・プレス チョーサー著作集 雄松堂ブログより http://www.yushodo.co.jp/pinus/74/chaucer/
- アーツアンドクラフツ運動 wikipediaより http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%84%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%95%E3%83%84
そのため当然のように美術館などのガラスケースの中でしかお目にかかることはなく「いったいどんな紙質なんだろう?」とか「どんな匂いがするんだろう?」とか「他の開かれていないページはどうなっているんだろう?」などといった個人的な興味を確かめることもできず地団太を踏みながら指をくわえて眺めることしかできないものだったのだ。
ところがである! 古書日月堂はそのケルムコット・プレスのうちの一冊が手にとって見れるのだ! それを知った時の様子を一部再現してみよう。
ぼく「あーこれ素敵ですねー。ケルムコット・プレスに似ているんですねえ。」
佐藤店主「それ本物だよ」
ぼく「…!!!!!!!」
そのまま口もきかずに見入ってしまったのは言うまでもない。佐藤店主によると神保町ではこういった貴重な本が場合によっては手にとってみれるようになっており、それは案外知られていないということだ。ぼくは出てこれなくなってしまうためにあまり神保町には近づかないようにしているし本に関する知識も少ない。だから気付かなかっただけかもしれないが神保町の古書店はやはり凄い!
これはもっと知られて然るべきことである。古書店に行けば美術館のガラスケースの中のものを手にとって見れるかもしれないのだ! 驚きである。奥が深いぜ、古書業界!
絵葉書、古雑誌、古グラシン紙、ボトルトップのコレクションなど紙モノ
さらに、見ていくと奥の平台には何やら大きなバインダーが拡げられている。店主に聞いてみると、酒瓶のキャップに付いているシールを集めたコレクションらしい。しかも凄い数である。そのときは講義のメンバーと一緒に話を聞いていたのだが誰もが「なんですとぉ!?」と内心思ったに違いない。
そのあと「こんなもの集めている人ってどんな人なんだ?」「これだけ集めたってことはその分、飲んでいたってことだよなあ」「これ売れるのか?」などなど疑問符は尽きなかったことは間違いないだろう。
店主によると古書日月堂では古書市場で仕入れをしているのだがその市場の隅っこで見つけたのだという。バインダーはダサいが表紙を取って見せれば食いつく人は必ずいるだろうと。我々は見事に狙い通りの反応してしまったというわけだ。
このほかにも古い絵葉書や古雑誌、古グラシン紙(古書店の本にかかっているペラペラのブックカバーのような紙のこと)など、「これから無くなっていくであろう紙モノに関しては必ずコレクターが生まれるから集めて売るようにしているのだ」と店主は仰っていて、今後の活動において非常に参考になる言葉を頂けたことが嬉しかった。
ちなみに古いグラシン紙はここでしか手に入らないそうなので、気になる方は是非行ってみると良い。
- グラシン紙 wikipediaより http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%82%B7%E3%83%B3
レイアウト
ここまで長く書いてしまったのでここからは要領よく紹介していこう。まずはレイアウトからだ。
まず、入ると狭い通路である。通路を抜けると右側に四角形の空間が広がる。真正面は一面の窓である。マンションの部屋なのでベランダだろう。正面突き当りにはレジカウンター。壁はベランダの辺も含めて全て本棚であり空間の真ん中にはいくつかの平台がある。
先ほども述べたが紺の壁と赤の什器が調和しており洗練された印象を受ける。そんな中、BGMもないので静かに先人たちの仕事を垣間見ることができるのである。何と贅沢な時間だろう。
ざっと本棚の紹介
通路の両側と左の壁棚
では、本棚をざっと紹介していこう。
まず、狭い通路であるが、左側には古い洋雑誌とマッチラベルと絵葉書、ハンコがある。しばらく進んだ場所には右側に本棚。ここの上段にはこれまた古雑貨。下段はアート関係の本である。『美しきライフの伝説』、『新青年の頃』、『ベンヤミンの問い』、『シュルレアリスム』などだ。
振り返って左側の壁棚を見ていこう。洋雑誌やマッチラベルの先には古書日月堂の中では比較的新しめの本がある。つまり、アマゾンで検索してヒットするような本のことだ。ちなみにそういった本はこの通路周辺だけらしい。
本棚は4本分。一番手前は文庫で他はハードカバーだ。
『古書巡礼』や『印刷はどこに行くのか』、『本・そして本』など本の本、『寺山修司 全シナリオ』、『人外境通信』、稲垣足穂など幻想文学など近代文学である。
この次からは映画とアート、音楽、写真である。
『2001年映画の旅』、『わが心の残像』、『現代美術の感情』、『ムンクの時代』、『デザインの未来像』、『演歌の明治大正史』、『ワイマル共和国史』、『書物の狩人』、『怪奇小説の世紀』、『ブルー・ブラッド』などだ。
奥のベランダ前にある本棚
突き当ってレジまで着いたのでこのままベランダ前にある本棚を見ていく。窓が見えるようにほとんどがしゃがまないと見えない様な低めの本棚だ。
ここは大判本の棚でありほとんどが図録である。バウハウスや未来派、アヴァンギャルドなどの文字が気になった。ちなみにこの棚の上にも紙モノがある。マッチラベルや写真、古い漫画雑誌などである。
そのまま右奥に進んでいき突き当ると店舗の角ではもう少し背の高い本棚があるが、ここにも図録だウォーホールや『版画の歴史とコレクション』などである。
四角形の手前の辺
絵が飾られている奥の辺を通りすぎるとまた壁一面の本棚である。ここにあるのは一部の復刻版を除きほぼ全てが戦前の本であるらしい。確かになかなか見ることのでいない本ばかりである。
なんたって右から読む家具画報である。そのほかにもいかにも古い自体で書かれたタイトルが並ぶがこれがまたカワイイのだ。『芸術的現代の諸相』、『小型レフの写し方』など写真ハウツー系、雑誌『NIPPON』などが並べられているが、中でも目を引くのが先にも書いたケルムコット・プレスである。これはぜひとも手にとって見なければなるまい。
さらに、上段には活版印刷が普及し始めた頃のヨーロッパでは印刷技術を競う章があったらしいのだが、その賞作品をまとめた本などもある。当時の活版技術を知るための貴重な資料だろう。もちろん眺めて何となく良い気分になるだけでも良しだ。なんてったってカッコイイし。
通路右側本棚の裏
このまま壁沿いに行けば入口に戻れるかと思いきや本棚が立ちふさがった。ここは初めに見た通路右側本棚の裏にあたるらしい。もちろんあるのは戦前の本ばかり。
『検閲年報』、『ナチス』、『ソヴィエト演劇史』、夢二『凧』、ピチグリリ『貞操帯』、ヨハン・ホーネル『開拓者』、ARS『最新科学図鑑』などなど聞いたこともない古書ばかりである。好奇心が止まらなくなりそうだ。
真ん中の平台
最後に真ん中にある平台を見てみよう。真っ赤な台の上には様々なアルコール飲料のボトルトップ・コレクション(詳細は先に書いた通りだ)や版画とかポショワールのプレートが乗っているが、よく台を見てみると引き出しが付いている。中には、古い洋新聞や古い裂(きれ)を和紙に貼り付けたものとか手刷りの京唐紙、戦前の名刺コレクションなどなど面白グッズがてんこ盛りである。特に古い洋新聞を画材として使う人が多いと聞いたときには驚いた。コラージュで使うらしい。そんな使い道があるとは! もちろん単純にコレクションしている方もいるだろうが紙モノの世界は本当に奥が深そうだ。
「ここにしかないもの」を売る
これで全部見終わったわけだが正直なところ興奮しっぱなしであった。ケルムコット・プレスに始まり古い洋新聞、絵葉書、さらには戦前の名刺コレクション。たくさんの戦前の本。佐藤店主は講義でこう仰っていた。「ウチに来ないと買えないものを揃えないとダメだ」と。確かに古書日月堂では他では見られないものばかりが置いてある。しかも、質問すれば佐藤店主は親身になっていろいろと答えてくれる。週3しか開いていないお店ではあるが、そこにしかない物と人の両方が揃っている稀有な古書店であると感じた。