芸術学舎 講義「いつか自分だけの本屋を持つのもいい」第五回講義レポート 佐藤真砂「女性古書店主の愉快な日々」

偶然見つけた、東京芸術学舎での全5回の講義「いつか自分だけの本屋を持つのもいい」。元BRUTUS副編集長であり、現在はフリーランス編集者/美術ジャーナリストである鈴木芳雄さんを司会として毎回続きますワタクシの好みど真ん中の講義でございます。
第4回のBOOKTRUCK三田修平様に続きます第5回目。最終回を飾りますは古書日月堂店主の佐藤真砂先生の講義でございます。

「女性古書店主の愉快な日々」をのぞき見るキーワード集

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今回の講義は事前にあるレジュメを渡されました。それが「「女性古書店主の愉快な日々」をのぞき見るキーワード集」でございます。「ビブリア古書堂の事件手帖と私」や「百貨店の即売会」、「印刷解体」などなど全40の項目が印刷されたこのレジュメを元に講義が展開される…のかと思いきや脱線しまくりまして結局すべてを話すことはできずでしたが、いつものように緩い感じのお話で面白かった次第であります。

古書日月堂を開くまで

とはいえ、まずは自己紹介も兼ねて古書日月堂を開くことになった経緯をお話し下さいました。
まず、前身はパルコだったようですね。そこでイベント企画のようなことをやってらっしゃったようです。で、いろいろなことがございまして(ここは端折ります)、会社を辞めることになり、そのうちに西洋の製本工芸(ルリユール)にハマったことがきっかけで古書店めぐりをすることになり、そのまま古書店をやろうと思ったと。

面白かったのがルリユールからの流れですね。ルリユールというものは簡単に言ってしまえば凝った手製本のことなのでありますが、これがまた美しいのでございます。詳しくは以下のサイトをご覧頂くとして、このルリユールの参考になる様な糸でかがった本はどうやら古書でしかないらしいのですね。昔は今と違ってもっと本にお金をかけていたということでしょうか。単なる技術的な問題なのでしょうか。それはとにかくそうやってルリユールの参考になるようあ古書店を散策している内に古書の面白さに気付き「やってみよう」と思ったようなのです。

大岡山から青山に

はじめに開いたお店は大岡山に会ったそうです。大岡山。ご存知ですか? ぼくは恥ずかしなら存じ上げませんでした。
目黒線の駅の様ですね。「近くに大学があるから」という理由のようですが、そこが理科系の大学だったために人が来ない来ない。確かに理科系の大学と言えば実験に明け暮れる毎日で本を読む学生などいないということなのかもしれません。その上、近くに自由が丘駅がございます。自由が丘でお金を落とした同じお客は大岡山ではお金は落とさないのです。なぜならお金を使うモードになっていないから。確かに渋谷に行けば財布の紐は緩みます。ですが、自宅付近ではどうでしょう。どれだけお金を使わないようにするかを考えるのではありませんか。少なくともワタクシはそうでございます。ええ、ケチ人間とはワタクシのことでございますよ。
そんなこんなで閑古鳥の鳴く毎日を過ごした佐藤先生は思ったそうです。「次はお金を使う街にしよう」と。そうやって現店舗の青山に越してきたそうです。

「せっかく良い本をお客さんのために置いているのに、誰も来てくれない買ってくれない日々が続くとお客さんを恨むようになる」

という言葉には怖ろしくも心に刺さるものがございました。

古書の即売会

では、そんなお店で売れない毎日でどうやって食いつないできたのか。その答えが即売会でございます。有名どころで申しますと神保町、高円寺。佐藤先生は五反田に良く行っておられたようです。つまりは、古書のプロによる市場のことでございますね。ここで出品と仕入れを繰り返していたそうです。これは今の青山に移ってからも同様で、日月堂の営業日が週3日しかないのも市場に行っているからなのです。どれだけ古書店にとって市場が重要なものかこれで分かるというものでございましょう。

もちろん今までの講師の皆様方のように市場には出ないでやっていっている方も多くいるようですが、いわゆる古書店はほとんど出ているようです。というのも、古書組合というものがございまして、ここに登録されていないと出入りできないのですね。逆に言えばここに登録されている古書店は市場に出ている人がほとんどであるということです。ですが、登録料や会員費がかかるため、他の商材を集めることで成り立たせるお店も多いのです。

市場のルール

今回の講義で興味深かったのが、この市場のルールでございます。
今までの講師の方々は市場の話をされませんでした。ですが、これから本屋さんを実際にやるのならば一番現実的な道は古本を扱うことでしょう(第四回講義レポート参照)。
そうなると、問題になるのが仕入でございます。もちろん知人友人、さらには口コミで売って下さるお客さんもいることでしょう。ですが、毎日毎日の品揃えを揃えるということはそんなに簡単なことではない筈です。ましてや良い本を揃えるともなると尚更でございます。そこで、市場の存在が際立ってくるのでございます。その市場のルールを解説して下さったのは非常に嬉しいものがございました。

「振り」と「入札」

佐藤先生が解説して下さったのは「振り」と「入札」でございます。

「振り」とは魚市場などで繰り広げられるあの競りのことでございます。モノが出されてそこから声を出して競り合い落札するというものでございます。まったくの未経験で飛び込んだ先生はとても怖かったようですが、通っている内に慣れたようです。しかも、声に出して値段を言い合いますので、相場を知る勉強になる場だと仰っておりました。

「入札」でございますが、これが古書市場独特のものなのでございますが、テーブルの上に紐でくくられて置かれた本の束に封筒が挟まっております。この封筒の中に自分が落札するための値段を書いた札を入れて、一定時間後に封筒の中の札で一番高い人が落札するというものでございます。
面白いのが、束の最低価格というものが決まっておりまして、それによって札に書ける値段の数が違ってくることでございます。例えば千円スタートの場合は2つ書けます。1万円スタートは3つ。こういった具合に最低価格の増加によって書ける数字が増えていくのです。つまり、値段が高額なものほど駆け引きが複雑になるということでもあり、面白いものではありますが、大変なものであることが想像できます。しかも、「振り」と違いまして空いての値段を知ることはできません。「そのとき市場にいる人間が誰か」「自分の店ではいくらで売れるか」「相場はどれくらいか」「予算はどれくらいか」そういった周辺情報を元に書きこむしかないのです。水面下で繰り広げられる熱い戦いというやつですね。先生も仰っていたように一回一回が応用問題。真剣勝負で原則はあってもケースバイケースでありまして経験を積むしかないようです。怖ろしい世界でございます!

その他、市場のルール

その他のルールと致しましては、先に書きましたように「古書組合員でないと入れない」のほかにも「土日など一般客に公開されている市場もある」「その場合は、先に顧客に目録が渡され、残った本が市場に出される。もちろん普通に買える」などございます。高円寺か神保町は近いのでそのうち行ってみたいものでございますね。

値段公開はご法度

これは面白かったですね。マーケットプレイスやウェブで知れるような古本屋さんですと値段を公開しているところも多いかと存じますが、古書業界では値段を公開することはご法度のようなのです。と申しますのも、古書というものは他の人が購入された本をその何分の1何十分の1で仕入れ、それを売ることで成り立っている商売でございます。もし売られた方が自分の本の値段を図らずもウェブの片隅で知ってしまったとき。もしその値段が買取に出した時の値段の何倍もしたようなとき。どんな気持ちになるでしょう。
もちろん「そんなの気にしないよ」という方も多くおられるかと思いますが、それと同時に気にされる方もいらっしゃる訳でございまして、特に売られた本が高額本であればある程、売られた方の煮え切らない気持ちは強まるかと存じます。特にそれがリアルな場ではなくウェブというフラットに過ぎる場所であるからこそ、情報拡散力が強い場所であるからこそ、古書の値段というものは業界のモラルとして公開してはいけないものなのかもしれません。

ま、もちろん「競争相手に値段を知られたくない」という部分も、大いに。それはもう大いにあるのでしょうが(佐藤先生もそう仰っていましたが)、ここはまあ良い方に取りましょう(笑)

(訂正入りました。売価ではなく古書市場での落札価格ということでしたね。失礼致しました。)

お客さんからお勉強

先に書きましたように、大岡山の時代から即売会での売り上げが多い日月堂ではございますが、それでもなぜ店を開けるのかという話になりました。これはひとえにお客さんと直にコミュニケーションを取るためであるそうです。そのことで常連さんも喜びますし、何より独自の得意分野やもしかしたら研究者であるかもしれない様なお客さんが話して下さることから勉強できることが多いと。
他の方に佐藤先生は「あなたは贅沢な状況にいるのだよ」と言われたことがあるようなのですが、即売会で生計を立てつつ、お客さんとのコミュニケーションもとれるということは、そしてそれを一人でやるということは、もの凄く贅沢なことなのかもしれません。うん、贅沢だよ。

宅買の恐怖

さて、話は変わりまして、お客さんの家に行って買取を行う「宅買」のお話になりました。
個人のお客さんが、整理のために本の処分をお願いすることがほとんどなようですが、これが重労働の様です。確かにちょっと考えてみれば分かることではございます。重い本を段ボールに詰めて、場合によってはエスカレーターもないようなマンションやアパートの上階からトラックに積み込んでいくのです。しかも、佐藤先生は小柄な女性。肋骨を疲労骨折されたこともあるそうでございます。「宅買」…怖ろしい子!

荒俣宏の宅買

ここでこぼれ話がございました。なんと大岡山のときですが、佐藤先生はあの読書家として名高い作家の荒俣宏の宅買を行ったことがあるそうなのです。まだまだ開店から時間も立っていない頃だそうですから、ほとんどは市場に出品したようですが、とても良い勉強になったそうです。そりゃそうでございます。あの、あの! 荒俣宏の蔵書でございます。どんな本があるか。しかもそれを扱えるのですから。「宅買」は怖ろしくも面白い現場であることは間違いないようです。

やっと借金ができる!

店の運営の話でありますが、通常、借金はしない方が良いとされますが、古書店経営においては一概にそうとは言えない様です。これはつまり、通常の経営と同じでございます。持っている資本が大きいほど、仕入れられるものも大きくなるのでございます(古書店の場合、より高額商品を扱える)。その分、売上も利益も増える訳でございます。また、銀行(古書店の場合、日本政策金融公庫)から借りられるということは、信用ができたということでもございます。日月堂のようなガチの古書店をされたい方ならば、まずは借金ができるようになることを目標とされることも良いのではないでしょうか。

スゴイ!目録

これもまたこぼれ話ではございますが、日月堂では目録に力を入れていた時期があったようです。画像で見せて頂いたのですが、これが凄いのでございます! カラーが図版も豊富でパッと見ですが文章もしっかりして、これが顧客に無料で配られているだなんて!
古書店の豪華目録を手に入れることは顧客にならないと手に入らないのでしょうか。物欲が疼いてしまいました。

これから本屋をやるのなら

さて、他にもいろいろな話が出るわ出るわ。10何年も古書店をやっていると面白エピソードが出てくるものですなあ。ですが、長くなり過ぎるので(この時点で長過ぎるという意見もございましょうが…)割愛させて頂いて、佐藤先生が仰っていたこれから本屋をやりたい人に役立ちそうなアドバイスを書かせて講義のまとめは終わりとさせて頂きます。
  • 古書業界での修業は市場でせよ(市場に出ないアルバイトはあまり意味ないかも?)!
  • 予算は常に多めに持っておけ(店に欲しいものがあったときに買えるようにするため。古書との出会いは一回きりだ)!
  • 特化せよ(普通の古本を扱っていたら某新古書店や密林書店に負ける)!
  • やるなら地方でやった方が良いかも(東京は飽和状態。地方でやれば「火星の庭」のように地域の文化サロン的存在になれる可能性がある)

いつか自分だけの本屋を持つのもいい

全5回の講義もこれで終わりとなりました。全編を通して感じたことは、「本屋は大変だけど面白い!」ということです。どんな仕事も同じかも知れませんが、本屋は特に出版不況と言われる中で厳しい状況でございます。その上、構造的に利益がどうしても少なくなる。そんな中でいかに工夫して経営しているのか。

「難しいからこそそこにチャンスがあるのではないか」

まだまだ本屋(もしかしたら本屋ではなく「本がある場所」とした方がいいかもしれませんが)がチャレンジ出来ることは多いと感じます。ワタクシも現在は異業種ですが、チャレンジしていきたいと具体的に考えることができた講義でございました。

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