2020年夏に福岡は六本松に開店した本屋「BOOKSHOP 本と羊 & FARMFIRM DESIGN」。店主の神田裕さんに本屋になるこれまでといまとこれからを語ってもらう連載「本と羊をめぐる冒険~本と羊が出来るまでとこれから。~」。
第五回目の今回は本屋開業以降の本と羊です。
***
日々の細かい話は文字数の関係上書ききれないのでいつか書籍にでもなる日が来たら書きます。(笑)
本屋の日々が始まった。コロナと本と街と人。
怒涛の初日が終わり、週明けの営業2日目から普通の本屋の毎日が過ぎていった。コロナは猛威をふるい、感染者も増加の一途。それでもあまり影響もない感じでお客さんが訪れていた。別にすごく人が来る、というわけでもないが。開店一ヶ月は「レジ機能」がなく、現金とキャッシュレスで会計していた。
ノートに売れた本の名前を書き、新刊か古書かの区別を書き、買ってくれた方の性別・見た目の年齢や特徴、お聞きした職業やどこから来られたか等々を記入した。(あくまでも店主判断なのでご了承下さい)ノートを見返すとどんな人がいつどんな本を買ったかがぼんやりではあるけれど思い出される。
もちろん仲良くなり、しばらく店内でお話をした方は名前をお聞きして記入。次回また来てくれた時に名前でお呼びした方が喜んでもらえるだろうと思うからだ。
ウチでは出来るだけお客様を入口までお見送りしてお礼を言うようにしている。「お気をつけて」と一言添えている。僕が店のあり方として見習っているのは飲食店だ。本屋ではない。美味しいものを提供し、お客さんと気さくに話し、時には一人の自分を黙って見守ってくれる。帰りには外まで見送ってくれる。気持ちの良い対応が心に残る。
人というのはもちろん「商品」にお金を払ってはいるが、またこの店に来ようと思うのは、その店の「心」だと思う。どんなに美味しい酒も店の人の気遣いや気配りが良くないと途端に不味くなるものだ。些細な事だけど大事な部分。本屋も同じではないか。
僕はレジの奥に座り続け黙って見送ることは出来ない。したくない。一人でも多くの人に、また来たいと思ってくれる場所にしないといけないと考えている。いい本さえ置いていれば来てくれる、買ってくれるとは思っていない。
ただの小さい本屋では誰も来ない。品揃えも少ないこんな店に来て本を買ってくれる人に少しでも本屋を楽しんで帰ってもらいたい。そう願いながらお客さんの背中を日々見送っている。
インターン制店番の誕生。本屋が好きな仲間が増えていった。
基本的にはワンオペで店を経営している。選書の7割や売上管理などは東京にいる妻(副店主)が助けてくれてはいるが、やはり実店舗で一人作業やお客さんの対応はつらい部分も多い。
気力も体力も。8月の終わりにふと、バイトは雇えないがいわゆる「見習い」だったら誰かに手伝ってもらえないかと思いついた。インターン店番。デザイン会社や広告代理店には時々大学生のインターンが来ていた。本屋でも同じことが出来るんじゃないかと。週末だけ。まかない付き。酒付き。たいもちとかき氷付き。人生相談付き。そして新しい出会い付き。
ただの手伝いではない。ここで少しだけど本屋としてのスキルとお金に変えられない経験や出会いを与えてあげることにした。SNSでその旨を発信したところ、すぐに数人の方からやってみたいと連絡が。それぞれに面接するので来てください、と返信した。
それからしばらくして9月の土曜日、一人の若い女性がレジの僕に話かけてきた。「昨日ご連絡したものです」かよわいというか少し所在なさげでこっちが心配になるぐらい。かなり緊張気味の彼女としばらく話をした。
プライベートな事は省略するが、本屋で働きたいが経験もなく、なかなかバイト採用も難しいと。ならこんな店でも「経験」の一つになるんじゃない? と採用することに。翌日、早速一緒にお店番をしてもらうことに。
当初は人見知りな性格からか、なかなか声も出せないぐらい恥ずかしそうではあったが回数を重ねていき、お客さんと少しずつ会話が出来るようになっていった。現在彼女はここを「卒業」し、今は大型書店で働いている。夢を叶えた。そんな店番制も現在9代目までつながり、仲間が増え、その輪が広がっていった。そして今も続いている。
いろんな事はあった。いろんな客も来た。でもまだスタートライン。
ここが出来てよかった。選書が素敵。ここで必ず買うから。ありがたい、本当にありがたい。駅前に大きな書店があるのにこんな裏通りの小さい本屋を好きになってくれた人たちがありがたい。
六本松の裏通りで小さい本屋は厳しい。でもそれでもチャレンジしていかなきゃいけない気持ちが強い。独立系書店なんて響きはいいけれど内情は毎日自転車操業が現実だ。人の来ない日なんてザラ。買わない人ばかりの日もザラ。正直情緒不安定。めちゃくちゃだ。時々思う。「東京でやればよかった」と。
でも僕が決めたことだ。誰かが押し付けたわけじゃない。年末までの4ヶ月間、本当にいろんな事があった。何度も逃げたくなって眠れない事も多かった。それでも逃げたくなかった、諦めたくなかった。それはなぜか。「本屋稼業が面白い」からだ。
2021年、新しい1年。コロナ禍はまだまだ収束の気配はない。どういう年になるのか。最終回は街の本屋としてのこれまでに感じた事や今後の取り組みを書いていこうと思う。かなり辛辣な最終回かも知れませんが・・・(続)