歌舞伎町の深夜に開店する謎の本屋「cohon」。2019年6月から半年かけて連載れた店主の人気連載「真夜中の本屋さん」が装いも新たに復活にしたのが2020年6月のこと。連載もしばらく延期していたのを再開したのが先月のことだ。
永い言い訳に始まった連載再開であったが、2回目の原稿はcohonを象徴するモノゴトのひとつであるアレについてのエピソードだった。
様々な角度から歌舞伎町に存在する謎の本屋cohonの日常に迫る連載「真夜中の本屋さん」。今回もどうぞお楽しみください。
- 真夜中の本屋さん 〜日本で最も危険な絵本屋、cohonの日常〜 season2 (1)「歌舞伎町が静止する日 -The Day the Kabuki-cho Stood Still-」
- 真夜中の本屋さん 〜日本で最も危険な絵本屋、cohonの日常〜 season2 (2)「(下)北(沢)の町から 21’〜言い訳〜」
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第三話『歌舞伎町diary』
まず、ちょっとした余談から始めさせていただきたいと思う。
5年ほど前の話だ。
私はとある全国転勤の仕事に就いていて、その頃は関東某県の最果てに住んでいた。
周辺はひなびた漁港。
夏を迎えると海遊びや山遊びなどのアクティビティを楽しめるリゾート地として首都圏から観光客がどっと押し寄せてくるが、地域に在住している身としては交通が麻痺するばかりであまり歓迎なわけではない。
街外れにある平屋建てのイオンモールが、若者向けの数少ないイケているスポットだ。
そのフードコートにある外資系のアイスクリーム屋でカラフルなアイスを食べ、亀の字が入ったうどん屋か、世界最大手のハンバーガー屋でだらだらと過ごすことが、その街の若者たちの娯楽だった。
東京まで出る手段は高速バスが一般的で、片道2時間強といったところ。
1泊以上の休みが取れたときは、私は“ほぼ必ず”といっていいほどにこのバスで東京へと向かった。仕事で鬱積したストレスが解消できる、その唯一の方法が東京で羽を伸ばすことだったからだ。
奮発して購入した本革のボストンバッグに宿泊分の着替えと日用品、スマホ用の予備バッテリー、そして日記帳を必ず入れておく。
日記は私が25歳のときから書き始めるようになった。現在まで10年以上に渡って続く、私の数少ない習慣のひとつだ。
正直、私はどちらかといえば飽きっぽい性格だと思う。植物を育ててみてはすぐ枯らすし、寝る前の柔軟体操は継続できた試しがない。当然、関節が柔らかくなったこともない。
そういった地道な習慣が続いたことがないのだった。
日記だけは不思議と毎日継続している。
理由を考えるに、『すべてありのままに、すべて実名で、すべてを洗いざらい書き残す』ことをコンセプトにしているからではないだろうか。
インターネットの対極にある、紙とペンのオールドメディア。
余程のことがない限り不特定多数の世界に流出することのない、究極のスタンド・アローン。
もはや日記というよりは個人的な暴露本とさえ言え、『もし人の手に渡れば私が死ぬデスノート』とも呼でいるシロモノである。
まぁ、そんな危険極まる日記を10年以上続けているわけである(ちなみに現在はさほどストレス度数が高くないので日記の内容もあまり尖っていない。しかしその頃は本当に人には決して見せられないものだった)。
● ●
さて、そんな当時のこと。
それは私が新宿ゴールデン街という飲み屋街に通いだした頃でもあった。
歴史をひもとけば、戦後間もない混乱期の時代に端緒を発する。現在の新宿2丁目がいわゆる赤線と呼ばれる合法の売春街。そしてゴールデン街が青線という非合法の売春街だったそうだ。
非合法といった経緯から、売春宿としての法を逃れるための無計画な増改築があり、法が変わるたびに店が変わり。そして幾度もの時代の潮流に飲み込まれつつ、現在まで往時の様相を色濃く残して生き延びてきた街でもある。
私は生活道具一式と例の日記帳の入ったボストンバッグをゴールデン街近くのコインロッカーに押し込んだ。
少し変わった仕組みのコインロッカーだったことを今でもよく覚えている。通常であれば規定の硬貨を投入し、鍵を回すだけで施錠できる。
そのロッカーはいくつかのボタンの操作をする必要があり、よくわからないなりにポチポチ押していると、カチャッという施錠された“ような”音が聞こえた。
レシートが自動的に発券され、そこに印字されたバーコードが鍵の代わりになるのだという。
なんだか妙にハイテクなもんだなぁと思いながら、まぁとにかくそうして施錠した。
いや、施錠したつもりであった。
私は完全に安心しきり、重たい荷物からも解放され、足取り軽くゴールデン街へと向かっていった……。
● ●
それから3、4時間後。私はすっかりへべれけに酔いつつ、今日の宿泊先へと向かうため先ほどのコインロッカーに戻った。
鍵となるバーコードを読み取り部にかざす。
しかし開錠の反応はない。
おかしい。
いぶかしみながら預けたロッカーの扉に手をかけると、まるで最初から施錠などされていなかったかのように扉はすんなりと開いた。
そう、まさに施錠などされていなかったように、だ。
次の瞬間に私は自分の目を疑い、そして絶句した。
空っぽなのだ。
あの本革の大きなボストンバッグが、影も形もなく消えている。ロッカー番号を何度も照合する。が、やはりこの場所で間違いはない。
盗まれた!
うそだろ? という言葉が何度も脳裏を去来する。
目に見える状況と脳内での理解の差異が混乱をきたす。
とはいえ、どう疑ったところで、ないものはない。
酔いが一気に醒め、少しずつ状況を理解し始める。目の前の危機を本能が察知するのに、そこまでの時間は必要としなかった。
ともかく、ぼんやりとしているわけにはいかない。
すぐに記されていたカスタマーセンターに電話をかける。深夜にもかかわらず、担当者とは間もなくつながった。私は興奮し、矢継ぎ早にことのあらましを伝えた。
「あー、それ仮施錠で終わってるっすね」
「仮施錠?」
担当者はよくあるクレームだと言わんばかりに、こともなげにそう答えた。
確かにロッカーからカチャッという音はした。鍵となるバーコードも発券された。しかし、そこからさらにボタン操作をすることで本施錠される。
逆に言えば、仮施錠のままでは誰にでも開錠できてしまうというのだ。
「おまえ、そんなややこしいのが分かるかよコノヤロー!」
もちろん担当者自身は悪くないし、怒鳴ったところで事態が好転するわけもない。しかしこのときばかりは声を荒げないではいられず、その勢いのまま電話を切ってしまった。
そして深呼吸。周りを見渡す。
手がかりは何ひとつ、ない。
まぁ、とにかく今は落ち着いて事を整理する必要があるだろう。
まず不幸中の幸いであることは、バッグの中に多額の現金や免許証などの貴重品は含まれていないことだ。
しかしだからといって、盗まれていいものであるわけはない。あのボストンバッグ自体がお気に入りであったし、日記帳の隠しポケットにはある程度の金額のヘソクリも、こっそりとしまい入れてあった。
そして何より、あの日記帳の中身は絶対に人に見られるわけにはいかない。
ある意味、あの日記の存在が最もヤバいのだ。ややもすれば免許証やカード類以上にヤバい、そんなブツなのだ。
とはいえ、実際どう動けばいいものか。
警察に行くのが先決か、それとも闇雲に探し回るのがいいのか。
逡巡の末、ひとまず私は先ほどまで飲んでいたゴールデン街のバーに戻ることにした。
既に深夜2時を回っている。閉店時刻をいくらか過ぎていたが、店内にはまだ数人の客が残って最後の酒を飲んでいた。
そんな時刻に突然勢いよく開いたドア。全員が目を丸くし、肩で息をして戻ってきた私の姿にその視線が集中する。
「おれのバッグが盗まれた!」
「えー!」
かくかくしかじか、ことの経緯を伝えた。
すると客の一人が、
「私は犯罪心理に詳しいんですけれどもねぇ……」
と前置きをしたうえで、かくのように語りだした。
曰く、犯人はバッグそのものに興味はないだろう。金目のものだけを狙うはずだ。とすれば、大きなバッグを持ってわざわざ移動するのはリスクが高いと考えられ、その可能性は低い。
つまり、ごく近場で金になるものだけを漁り、残りはその場に放棄する。バッグは必ずロッカーの近くにあるはずだ、と。
なぜそんなピンポイントな人材が誂(あつら)えたようにその場にいたのかは謎だが、まぁゴールデン街らしいといえば、らしい。そしてなるほどと思える説得力があったのは確かだ。
とにかく他に手がかりとなるものは何もない。これが天から垂れた一筋の蜘蛛の糸だとすれば、もはやそれに縋るほかなかった。
私はすぐにまた外へと飛び出すと、ロッカーを中心に入念な捜索を始めた。
あちこちをキョロキョロと見て歩くので、とにかくあらゆる客引きが寄ってたかって声をかけてくる。何らかの店を探しているか、この街を初めて訪れたカモとでも思われているのだろう。
「オニサァン、マサァジ、マサァジ、アルヨ?」
「女の子お探しですかっ? ありますよっ、キャバクラ、ラウンジ……」
「うるせぇー!」
何しろこっちは必死なのだ。
そして捜索を開始してから30分が経つ頃。
そのコインロッカーの備え付けられていた雑居ビルの階段を昇ってみた。恐る恐る2階と3階の間にある踊り場まで進むと、そこに───
あった!
間違いなく、私のバッグが、そこに!
叫ぶが早いか、慌てて駆け寄る。
荷物のほとんどは日用品であり、それらはそっくり残されていた。
盗まれていたのは、まずスマホ用の予備バッテリー。残念ではあるが、たかだか数千円の使い古しのものだ。諦めてしまったほうが早い。
それにしても、近場で金目のものだけを漁ってしまうという手口。
あの謎の犯罪心理に詳しいという人物の予測は、まさに正鵠を射たのだ。それはまるで奇跡のように思えた。
そして日記帳。ない。
なぜ。金目のものではないはずなのに。
隅からスミまで探しても、日記帳が見当たらないのだ。
最も取り返さなければならないもの。
それだけが、ない!
終わった───……
この街に出入りする人間として、ホスト、キャバ嬢、風俗嬢は多い。あくまで比率の問題から考えて、持っていったのは彼らの可能性が高いのではないだろうかと私は考えた。
店の待機室に置かれ、フリー素材と化した私の日記帳のイメージが脳内に湧きおこる。
「これ書いたやつ、ヤベーだろ!」
「ギャハハハ!」
部室に置かれた漫画誌のように読み回され、しょうもない笑いのタネとして消費され、ボロボロになってゆく私の日記。
完全に、終わった───
なぜ、こんなことに……。
確かにこの広く深い歌舞伎町の中で、盗まれたバッグを回収できた。それだけでも僥倖だったと言えるかもしれない。
しかし私は真っ白な灰になっていた。文字通り、腑抜けの足取りで今日の宿屋へと向かったのだった……。
明くる日。
私はどうしても諦めきれず、朝から捜索を再開した。
そして予想外にも結果は捜索開始早々に現れたのである。
階段の踊り場から下を見下ろす。ビルとビルの狭い隙間には、これでもかと捨てられたゴミの山が堆積している。
その中に、あの見慣れた手帳とおぼしきものが打ち捨てられていたのだ。
「お、おれの日記だ!」
思わず叫びに近い声が口をついて出る。
幅にして1メートルもない隙間に身をよじらせ、いそいそと侵入してゆく。歌舞伎町のど真ん中だ。完全に不審者の図だが、もはや背に腹は代えられない。
ありとあらゆるゴミの山を踏み抜き、なんとか手を伸ばすと───
掴むことができた。間違いない。私の日記帳だ。
その後確認をすると、隠しポケットのヘソクリは抜き取られていた。
まさに金目のものだけを盗んでやろうという強い意志が、敵ながら明確に感じられる。
金額としては決して少なくなかったが、正直この日記が戻ってきたことのほうが私としては大きい。
店の待機室で回し読みされているイメージも、一瞬で霧散した。
本当によかった。
あれほど深い安堵の一息をついたのは、後にも先にもそうあることではなかった。
歌舞伎町の長い一夜がようやく明けた思いだった。
● ●
そして現在。
あの盗まれたボストンバッグはcohonのバッグとして、いつもの営業に使用しているものだ。弊店に来店したことがあれば、見覚えがあるという人も多いと思う。
バッグを開けると長方形に間口が開く構造なのだが、犯人の粗雑な扱いのせいで歪んでしまい、平行四辺形になった。それは現在もそのままだ。
最近はcohonの営業後、デリヘルの送迎車にひかれたりもした。受難のバッグである。
例のコインロッカーはあれから、また改めて使用してみたことがあった。バッグを詰めて仮施錠し、そして本施錠する。手順を分かっていても、ややこしい。まさしく初見殺しと呼ぶにふさわしいロッカーだ。
ちなみにその時はバーコードの鍵を紛失し、業者による開錠のために7千円を支払うはめになった。
もう二度と使うものか。
そして実際評判が悪かったためなのか、そのコインロッカーはほどなくして撤去される運びとなった。
それにしても世間の縁というのは不思議なもので、あれから私は歌舞伎町に住むことになった。その住まいは今回の舞台となった雑居ビルの一軒隣。
まさにご縁……、というより、もはや腐れ縁といった感がある。
今回なぜ日記の話をしたかというと、昨年の緊急事態宣言の頃の記録を遡るために久しぶりに読み返してみたためだ。
ふとゴールデン街に通いだした時期と日記帳の紛失のことを思い出し、余談のつもりがすっかり長い文章になってしまっていた。
本来書こうとしていた本題はどこへやら。
コロナもそんな風にどこかへ消え去ってくれればありがたい。
……強引な着地点だろうか?
とはいえ、切なるところだ。