歌舞伎町の深夜に開店する謎の本屋「cohon」の日常を描く連載「真夜中の本屋さん」。今回も前回に引き続き日記形式で、2020年の歌舞伎町を伝えています。あのときあの街はどうだったのか? 今回もどうぞお楽しみください。
- 真夜中の本屋さん 〜日本で最も危険な絵本屋、cohonの日常〜 season2 (1)「歌舞伎町が静止する日 -The Day the Kabuki-cho Stood Still-」
- 真夜中の本屋さん 〜日本で最も危険な絵本屋、cohonの日常〜 season2 (2)「(下)北(沢)の町から 21’〜言い訳〜」
- 真夜中の本屋さん 〜日本で最も危険な絵本屋、cohonの日常〜 season2 (3)『歌舞伎町diary』
- 真夜中の本屋さん 〜日本で最も危険な絵本屋、cohonの日常〜 season2 (4)『TOKYO 2020』
- 真夜中の本屋さん 〜日本で最も危険な絵本屋、cohonの日常〜 season2 (5)『TOKYO2020 後編』
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最終回 『まず最初にお読みください』
さて、これまで歌舞伎町の路上で珈琲と絵本を扱ってきた日々について、そのさまざまな出来事を書き連ねてきた。ある夜はやくざに怒られ、ある夜は流血沙汰の乱闘を見、またある夜は街娼ののっぴきならない事情を傾聴し……。
しかしなぜ私がそんなことを始めたのか、という説明をしていなかったのではないか? と、ふと思った。
これはよくない。
これではまるで私がただ歌舞伎町で珈琲と絵本を路上で販売しているだけの奇異なる人間にしか見えないはずだ。
まぁ、それはそれで否定しがたいところではあるけれども。
今回は歌舞伎町でのルポ的な内容というよりは、開業を目指す人への私なりの経験談、開業ノウハウといった内容として書くこととしてみた。
少なくとも、路上で本や珈琲を取り扱う商業形態を考えている人にはこれ以上ない教本となることは間違いない。もちろん、これから一般的な店舗として独立を目指す人にとっても何らかの学びはあると思う。
なお、余談ではあるけれどもcohonは開業届をしっかりと新宿税務署に提出しており、登記上は古書店として経営している。青色申告もきちんと申請し、納税の義務も果たしている。
ただし東京都の迷惑防止条例、および道路交通法に照らすと……、その点に関してはなるべく触れず、そっとしておいてほしい。そこは諸事情ある。
#路上で店を始めた理由
これは実に単純で、私に店舗開業の経験がないためだ。
例えば大手チェーン店のスタッフとして雇われた場合、既にそのブランドは十分に社会に浸透しており、一般客はそのブランドの知名度に基づいて来店しているケースがほとんどだ。
もちろん店のスタッフの頑張りや責任者の振る舞いによって業績が大きく変わることはあるものの、それでもチェーン店において『わたし個人』についてくれる客は稀と言っていい。
しかし個人店舗を開業、経営するとなれば、基本的にはすべてがゼロの状態から店主である『わたし個人』についてくれる常連客を一人ずつ地道に構築し、満足度を積み重ねていかなければならない。
自分自身にそんなことができるだろうか? というシミュレーションは、開業のためには必須の想定事項ではありつつも、店舗がまだ存在しない状態ではなかなか具体的に算定しづらい部分だ。
そこでcohonという路上の店舗形態を考えた。
魅力的な照明と音楽、一杯ずつハンドドリップで淹れる珈琲。感性豊かな絵本。来客者との会話。
それが私の考えるこだわりだった。
路上という特殊な環境ではあっても、供する商品が有料であれば顧客は支払ったコストに対し、その価値や満足度についてシビアに考えるはずだ。
顧客の不満度が上回っていればその理由を分析しなければならないし、店舗のセンスが悪いと指摘されれば建築やインテリアを根本的に見直す必要があるだろう。それは店の根幹かつ本質的な価値なので、規模の大小には関係ない。cohonは小さな路上店だから何もかもが許される、ということはないのだ。
実際、cohonも順調な滑り出しだったわけではなく、開業から間もない頃には「珈琲の風味に関して。再来の価値なし」といったSNSの書き込みがなされたこともあった(その書き込みをしたであろうお客様の実際の反応は今も苦い反省材料としてよく記憶に残っている)。
こういった失敗談は実店舗では極力減らしたいものだ。
しかし失敗がなければ成長もない。まさにジレンマ。
仮に実店舗の開業にトータル500万円の資金がかかっていれば、許容できる範囲の失敗と、許されざるレベルの失敗があるはずだ。
ところが、路上cohonにおいて開業費用は概算20万円程度の出資に過ぎない。
極論、来客者の満足度が完全にマイナス100点をたたき出す最低な店だったとしても、そこにかかった資金はわずか20万円程度で局限できてしまう。その経済的な痛手は僅かなものだ。
自分に経営は無理だと悟ってその道をあっさり諦めるのも選択の一つだし、そこから死に物狂いで評判の挽回に臨むことも選択の一つ。どちらにせよ、貴重な経験となることは間違いない。
つまり、一方はぶっつけ本番で500万をかけた実店舗の経営者。
もう一方は20万円の店舗で経験値を重ね、その後に500万の実店舗を建てた経営者。
のちに深刻な失敗に陥る可能性が高いのはどちらと考えられるだろうか?
私の場合は路上という特殊環境だったが、書店経営を考えているのであれば貸し本棚形式の書店に登録して売れ行きを見てみたり、一箱古本市にこつこつ参加することでこれに近い感覚を得られると思う。
飲食店経営であれば間借り営業やシェアキッチン形式の店舗を活用することもできるだろう。
どちらも少ないリスクで失敗(と成功)体験を重ねるのに、これ以上ない好適な環境だ。
もし実店舗を考えているのなら、これらは大いに活用する価値があると思う。
しかも! それらはなんと、合法なのだ。
#路上で店を始めたことによる利点
路上cohonを始めたことによるメリットとデメリット。
私はこれを100対0と明言している。もちろんメリットが100だ。デメリットは一つもなかった。
そのため、メリットを列挙しようと思えばキリがない。デメリットから言及しようにも、それが一つもない。どう説明したらいいものか……。
そこで特筆すべきことを一つ挙げてみよう。
私が知る限り、このご時世に自ら個人店舗を開業した人間というのは少なからず炯々と燃えるフロンティア・スピリットを眼に宿している。自ら恃むところすこぶる厚く、雇われに甘んずるを潔しとしない偏屈な人物たちだ。
『自分自身の理想の店をやりたいようにやり、切り盛りしている』という自負心は強い。たとえ表面的には謙虚で実直な店主に見えても、だ。
そんな個人の店舗に「わたし、夜の歌舞伎町の路上で珈琲と絵本を違法で売ってんスよね。やくざに怒られながら」という人間が突如としてやって来たら、どうだろうか。
十中八九、店主たちの反応は「狂ったスピリットのやつが来た……」である。
そして、そこからは経営者として対等の関係を築くことができた。
実店舗の開業に数百万円を投資した店主と、20万円の店舗の店主。それはもちろん金額だけで見比べるべきではないのだが、あえて金銭面だけに限れば、これはコスパ最高と言える。
この関係性は独立した店舗を経営する人間同士でなければなかなか構築することが難しい。まさに路上で独立経営を続けてきたことならではの成果であり、間借り営業との決定的な差異があるとすれば、その点だと思う。
個人店舗の店主は主に経済的なリスクを。cohonは主に警察と暴力団絡みのリスクを。
直面するリスクへの共通認識は平等な同盟を結ぶ絶対条件である。
まぁ、私の背負うリスクはやはり少しばかり特殊で、もし暴力団員にぶっ飛ばされることがあれば、それが唯一のデメリットということになる。ただし今のところその経験はないので、やはりデメリットは現時点では存在しない。
#コンセプトに関して 一般論として
早いもので、cohonの開業から2年半以上の時間が流れた。
≪すべては最高の実店舗を構築するために≫
そのたった一点の目標を掲げた路上の小さな店舗は、自分自身が想像していたよりも遥かに大きな存在となった。
珈琲と絵本。
音楽と照明。
この二本柱のコンセプトが明確だったから、多少の遊びがあってもブレずに営業を続けることができた(昭和歌謡曲を流してスナック営業したこともあるし、おしるこ屋になったこともある)。
言うまでもなく、コンセプトは重要だ。
コンセプトは店の背骨、頚椎である。そこに必要な肉付けを行っていくわけだが、背骨が最初から大きく歪んでいれば、やがては違和感、そして大きな負荷となってのしかかってくる。根本的な治療をするには多額の追加資金と時間を必要とすることもあるだろう。
逆にコンセプトさえ明確で魅力的なものが構築できれば、外的な負の要因が多少あろうとも強く営業を続けていくことができる(コロナ禍は典型例と言える)。
もちろんこの『魅力的なコンセプトなるもの』をゼロから発案し、構築することに創業者は四苦八苦するわけだが。
ただ、本質的には『自分にしかできないたった一つのこと』を見つけることが最も重要だと私は思っている。
例えば文字の書き癖に特徴がある人であれば、その手書き文字のポップは店の大きな特徴になる。異業種からの転向であればその経験が活きることもあるかもしれない。自身の大きな病気や怪我がきっかけでこれまで気にも留めなかったことへの視野がひらけたとしたら、この視点を求めていた潜在的な客層、需要が必ずあるはずだ。
逆に、『〇〇が流行ってるから自分もやってみた』は失敗する。当然である。
コンセプトはそんなにご大層なものを考える必要はない。ただ自分の内面を見つめ、思慮深く観察してキラリと光るものを見つけて磨いてゆく作業だと思う。
ちなみにcohonでは「タピオカあるんスかぁ?」と訊かれたことが何回かある。
あってたまるものか。タピオカなどが。
#コンセプトに関して cohonの場合
本質的に、個人店の世界観は『売れないものを売る』ことにあると考えている。
逆説的に言えば、こうだ。
例えば何百万部と刊行する漫画雑誌、新製品を片っ端から試すことをする雑誌、SNS映えする店を集めたグルメ誌。そして話題にのぼっているベストセラー本。それらはよく売れる本かもしれないが、そればかりを取り扱う個人の書店に、わざわざ行きたくなる価値を付与できるだろうか?
もちろん、それらの本や雑誌が粗悪とか陳腐であると言っているわけではない。むしろ個人的にもよく買うし、ベストセラーになる商品を作り出す出版社や周辺企業の見えない努力や技術にはただただ脱帽するばかりだ。
ただ、それらは個人店として大々的に扱うのに適した商品とは思われない。
まぁ俗な言い方をすれば、業界大手がやらない『スキマ産業』を狙うことにしか、もはや個人店には生き残る道がないということだ。
このスキマは確かにそこかしこにある。しかし『需要あるスキマ』、つまり隠れた鉱脈を見つけるには深い洞察力と観察眼、市場の研究、そして店主本人の創意工夫が何よりも必要だ。
どのスキマに狙いを定めるか。これは開業前によくよく定めておかなければならない。開業後にあちこち目移りすれば、それは顧客の目には「迷走している」としか映らないだろう。
cohonの場合に関していうと、途中から加わった要素にワインという存在がある。
ワインの歴史は文明史とイコールである。人類最古の酒類といっていい。それだけに膨大なワイン史の蓄積があり、なんとなくワインは敷居が高くわかりにくいと感じる人も多いと思う。
もちろん私も少し前まではまったくの無知で、「世の中には赤ワインと白ワインがある。あとシャンパン。知ってるのはドンペリ」くらいのものだった。
転換点となったのはコロナ禍による勉強の余暇が期せずしてできたこと。
そしてもう一つは知人のソムリエが言っていた、「読書好きの人ならワインは楽しめる。本を1ページずつめくるように、少しずつワインを学びながら飲むのはとても楽しいことだよ」という言葉だ。
なるほど、と思った。読書好きにこそハマるワイン。この組み合わせは確かに魅力的だ。
そしてそこからソムリエになるための猛勉強が始まった。
結果としてソムリエ試験はその翌年に無事合格。
さらにおまけでチーズプロフェッショナルという資格も取得することができた。
実店舗cohonのコンセプトは『珈琲と絵本、そして夜はワイン』ということになった。この転換はコンセプトの基幹に関わるものであり、実店舗を開業した後では難しいことだったと思う。
そして普段あまりワインになじみのない客層から、ワインを取り扱うことへの意見をさまざまに集めることもできた。これらも試行錯誤の場たる路上のcohonだからこそできた貴重な機会だった。
現在、私は歌舞伎町の路上に立つときはソムリエの金色のバッジとチーズの銀色のバッジをつけている。この二つの資格を保有するサービスマンはそう多くない。
違法営業のくせに、謎の人的クオリティ。これもまた『自分にしかできないたった一つのこと』と思っている。
#自分を信じろ
結論としては、自分を信じるしかない。
考える商業態がどんなに前衛的であろうと嘲笑されようと、他人はあくまで他人であり、神ならぬ人間だ。どんな人間にも未来を垣間見ることはできないし、"絶対"はどこにもない。
実際、営業を始めて間もない頃にまったく見知らぬホストがつかつかと近づいてきて、「おまえは馬鹿か?」と罵声と嘲笑を浴びせてきたことがあった。
そのホストがその後、大成できたのか落ちぶれたのかは分からない。しかし少なくともcohonは現在もこうして路上にあり、多くの常連客を抱え、そして実店舗のためのノウハウを数えきれないほど蓄積してきた。
路上cohonを始める前の実店舗の構想と、現在の構想とでは天と地ほどに店舗や商品のアイディア、イメージの豊かさが違う。
これもひとえに路上の小さな店を一人でこつこつと経営し、勉強を重ね、多くの経験やアイディアをフィードバックしてきたからこそと思う。それを知った上で、この形態を「馬鹿か」と蔑む人はさすがにいないだろう。
自分の思い描く商業態をやっていけるだろうかと起業に不安を抱く人は少なくないと思う。
しかし大概は何とかなるといっていい。
なぜなら歌舞伎町の路上で二年半、こうして経営してきた店があるからだ。
警察には数十回と通報され、二度と路上販売はしないという誓約書は3枚書かされた。やくざには4回怒られ、珈琲が出るのが遅いと若い客から石を投げられ(しかも決して遅くはなかった)、弊店に声をかけてきた美人局グループが数週間後に逮捕された。
それでも何とかやっている。
あなたがいかなる環境にあろうと、上記より幾分かはマシなものだろう。そう思ってもらえればいい。
今の自分でできる範囲のことをやってみる。
失敗できる範囲内で失敗経験を蓄積する。
大切なのはこの二つ。
シンプルであればこそ、強い。
もしあなたの頭の中に思い描かれた構想が、ほんの少しでも具現化され実現に向かったとしたら、これほど素晴らしいことはない。
そのときはぜひ歌舞伎町にいらしていただき、cohonの珈琲を飲みながらその失敗談を楽しく話してほしい。
まぁ、cohonはその日も通報されて撤収させられているかもしれないけれど。
おしまい