群馬県は前橋の敷島公園でブックイベント「敷島。本の森」に初参加して、あまりの気持ち良さに叫びだしたかった和氣ですこんにちは。
連載「真夜中の本屋さん」第四回目です。3回目にしてまさかの閉店の危機? という状況に僕も驚きを隠せないわけですが実際はどうなんでしょうか。真夜中の歌舞伎町で起きた実録本屋レポ。「真夜中の本屋さん 〜日本で最も危険な絵本屋、cohonの日常〜 (4)」スタートです。
- 真夜中の本屋さん 〜日本で最も危険な絵本屋、cohonの日常〜 (1)
- 真夜中の本屋さん 〜日本で最も危険な絵本屋、cohonの日常〜 (2)「スタッフが店に居座って帰らない」
- 真夜中の本屋さん 〜日本で最も危険な絵本屋、cohonの日常〜 (3)「さらば cohon、永遠に…」
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第4話「生きる。」
“あれ”から、25日が過ぎた。私が久しぶりに路上に立った場所は歌舞伎町ではなかった。
煌びやかな外苑東通りから少し外れた細道。そびえ立つヒルズのお膝元。その小さな公園に明かりは多くなかったが、外からの見通しがよいためか、遅い時間帯にもかかわらず若い男女や休憩を取るクラブスタッフがぽつりぽつりとベンチに腰かけている。
以前は古びた草庵のような門が正面に残る、一風変わった公園だった。歴史をひもとけば旧郵政省の官舎跡地だったそうで、こぢんまりとした坪庭のような景観が門の奥にひっそりと広がっていた。
今では往時の姿を遺すものはまったく見られない。数年前にすっかり改装されてからは、この平々凡々とした六本木西公園へと散策に訪れる機会もほとんどなくなっていた。
とはいえ、喧騒の六本木交差点を避けてミッドタウンとヒルズを最短ルートでつなぐこの裏道には隠れた名店や老舗も数多く、大人が愉しむ街としての六本木の雰囲気が今もよく残る。
その西公園の片隅には、オリーブの木が植えられている。cohonはこの木陰で営業を再開したのだった。
なお、余談ではあるがオリーブの花言葉として平和、博愛などがある。まさにcohonにふさわしいと思う。当店には致命的に足りていない要素だからだ。
そして25日の間にcohonもまた、がらりとその姿を変えることとなった。
まず、これまで0.6平方メートルあった面積を0.1平方メートルに縮小した。縦幅と横幅が僅か30センチ強という狭小ぶりである。
これは万が一、やくざに絡まれた場合には即座に背を向け、走って逃げるという方針に転換したためだ。このサイズなら店主逃亡後、放置された店が腹いせに破壊されてもメンタル的なダメージは少ないだろう、と判断したことによる。
獅子に立ち向かう兎はいない。あれ以来、店主の営業目標は売り上げの数字ではなく、「生きる」の一語となった。
一方、これには思わぬ恩恵もあった。
荷物が少なくなったことで自転車に搭載することができるようになり、行動範囲が大いに広がったのだ(店主は歌舞伎在住のため、歌舞伎にこだわるというよりは、そこでしか営業できない事情があった)。
ちなみに新しくなったcohonの自慢は照明である。
「間接照明を取り入れた世界初の露店」が売りだ。本当に世界初かは知らないが。日本人も外国人もみな驚いているので、たぶん世界初だろうということになった。
歌舞伎がホストとキャバクラの街だとすれば、六本木はなんといってもクラブの街だ。そのため欧米系の外国人と、パリピがよく話しかけてくる。いや、話しかけてくるだけならまだマシで、クラブのセキュリティによって泥酔したパリピが運ばれてくる場所が、この西公園だった。
それが判明したのは営業初日である。
古いモノクロ写真で、トレンチコートを着た男性二人が、捕獲した小さな宇宙人の腕を両脇から掴む、有名な写真をご存知だろうか。あの宇宙人より雑に人間が運ばれてくる。
意識を失った人間というのはどうやら「何らかの物体」として認識されるらしく、一見したときは黒服の男二人が粗大ゴミか何かをずるずる引っ張ってきたのかと思った、というのが正直なところだ。
よくよく見れば人間である。しかも運ばれてくるのは大概、若い女性だ。
ぐったりとした手首に巻かれたLEDライトのバンドだけが色とりどりにぴかぴかと光り、そのパリピとしての名残りがより一層、酔い潰れた姿の悲愴感を際立たせている。
パリピは無造作に公園に横たえられた。嘔吐物による飛沫感染を防ぐためか、セキュリティの両手は黒いビニール手袋で防護されている。その黒いスーツという出で立ちもあってか、まるで暗殺者のような雰囲気がさらに増し、周囲は異様な緊張感に包まれる。
「仰向けにしてあげた方がいいんじゃないですか?」
と、声をかけてみると、
「自分の嘔吐物で窒息するので横向きがいいんです」
との回答だった。なるほど。セキュリティも手慣れたものである。
コーヒー用の水をわけて飲ませてあげ、背中をさすってあげているうちに救急車が到着した。
セキュリティは二人ともコワモテでプロレスラーのような体躯だったが、搬送されるまで一緒に見守ってあげ、付き添いの女性を介して財布の有無なども確認していた。雑のような微妙に優しいような対応。なんだかほっこりだ。
セキュリティ曰く、週に2、3回はこういったことが起こるらしい。
実際、今回以外にも介抱をするケースがあった。こちらは諸事情によるオフレコということで、お蔵入りとなったが。
もし聞きたい場合には直接cohonへどうぞ。
奇跡があったのである。
ちなみに経緯を聞いた知人は「もはや営業というより六本木へ介抱をしに行ってるんですね」との感想を述べていた。否定しきれないのが悲しいところだ。
後日談
「よォ、あんちゃん!今日も大儲けだな!」と、必ず同じ挨拶をしてくる人物がいる。
恰幅のいい色黒の男性で、容貌を文章で細かく描写する必要のない人だ。梅宮辰夫と瓜二つ、の一言で済むからである。
見た目通りの豪放な性格でもあり、私が歌舞伎でやくざに怒られた話をすると、辰夫は「あたりめーだろ!」と大笑いしてくれた。昼職でないということは間違いないはずだが、世間話をしていても今ひとつ業種が想像できない。
そんなとき、辰夫の知人らしき若い男性が通りがかりざまに話しかけてきた。
「いや〜、レクサス買ったんですけどダメっすわ!燃費がもう全然!」
辰夫は「そうかァ!」と豪快に笑う。
「お知り合いですか?」
と尋ねると、
「うちの若いのだよ」
さも当然のように辰夫はそう答えた。ちなみに辰夫が乗っているのはオールドのマセラッティである。どういう羽振りの良さだ。
「あの……失礼ですけど、辰…ごほんごほん、お客さん、何のお仕事されてるんですか?」
すると辰夫は悪そうな笑みをにやりと浮かべ、そしてこう言った。
「やくざよ」
はい、そうですよね……。