本屋探訪記vol.145 本の楽しさを広めたい 125周年を迎えた山陽堂書店に行ってきた!

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表参道駅の目の前。青山通り沿いにあるひと際目立つ壁画をご存知だろうか。なんだこれは! と思って壁画の横面に周ってみると本屋だった。創立125年の老舗・山陽堂書店である(今回は話をわかりやすくするために和暦と西暦を併記する)。

まとめ

  • 品ぞろえ:雑誌はもちろん小説や実用書など幅広い。若干、クリエイティブ系の本もあるのが嬉しい
    雰囲気:開かれた街の本屋
    立地:表参道駅A3出口徒歩30秒
東京都港区北青山3-5-22
電話番号 03-3401-1309
FAX 03-3401-1358
E-mail info@sanyodo-shoten.co.jp
営業時間:10:00~19:30 土曜 11:00~17:00 定休日 日・祝祭日
URL:http://sanyodo-shoten.co.jp/index.html
Twitter:https://twitter.com/sanyodobook

ベンチャー企業が集まり、ハイブランドはもちろん小さなショップも多い表参道に、まさか独立経営の新刊書店があるとは……。驚きの方も多いだろうが事実だ。これは聴きたいことが山ほどあるぞ。と、いうことで今回は株式会社山陽堂取締役の遠山秀子さんに山陽堂書店のこれまでとこれからについてお話を伺った。

本屋を続けること

山陽堂書店は明治24年(1891年)創業。初代の萬納孫次郎氏は岡山にある商家「万納屋」の一人息子として生まれたが、青山にて書店を創業。開業当初は本が貴重品だったこともあり古書も扱う新刊書店だった。その後、表参道、御幸通りの造成や第二次世界大戦、東京オリンピックの際の道路拡張を乗り越え、3度の引越を経て、昭和38年(1963年)昭和6年(1931年。9/6修正)、現在の場所になったそうだ。ちなみに、ひときわ目立つ壁画は谷内六郎氏によるもので、昭和38年(1963年)に第一号、昭和50年(1975年)に現在の「傘の穴は一番星」となっている。いつも目にしているあの絵がそんなに前から在り続けるものだということに驚きを隠せない。

谷内六郎氏の「傘の穴は一番星」

谷内六郎氏の「傘の穴は一番星」



さて、ここで気になるのが移転の度に「本屋を続ける」という決断をし続けていることだ。「本屋は厳しい」とよく言われる現在に生きるぼくからするとこれはとてもすごいことだと思う。これに対して、遠山さんは「食べていけたからでしょうね」と言う。現在と違い、戦前は青山のあたりはお屋敷町で公爵・伯爵・子爵・男爵と呼ばれる貴族華族(9/6修正)が沢山住んでいた。そういった方々や軍人や文化人、弁護士といった職業のお客様のもとに御用聞きのように「〜の全集はいかがですか?」と聴きに行って売っていたとのこと。
聴いていて「いまとそんなにも違うのか」と新鮮な気持ちになった。そりゃそうである。いまから100年以上前のことだ。NHKの朝ドラで取り上げられるような時間である。いまと同じだと考えるほうがどうかしている。

現在と同じように店でお客様をお待ちする、という形になったのは昭和40年代後半 (1970年〜1974年) (それまでは住み込みの勤労学生や店員がいた)。それからは家族で経営するようになり、本だけを売る純粋な書店として続けていたが、最近はやはり厳しいようで、いまはギャラリーやイベントなど純粋な書店業だけではないこともやりながら続けていっている。「もういまは本だけじゃなダメ」とは遠山さんの言。

これには驚いた。「本屋だけでやっていくのは厳しいからカフェやギャラリー、イベント、雑貨などを組み合わせなくてはいけない」というのは既に本屋をやる上での常識となりつつあるが、それに眉をひそめる人も少なからずいるだろう。やっぱり「本屋」というならば本を売って暮らしていかなければ、と考えるわけだ。そういう気持ちは「老舗」と言われるようなお店ほど強いのではないか。ましてや、山陽堂書店は125年もやっている老舗本屋である。ところが、遠山さんは当然のように「そういうふうにやっていかないと残っていけないのだもの」という。

と、いうのも、ここは表参道の一等地である。当然、数々の競合がいるのだ。大手書店やコンビニはもちろん、ここ20年はAmazonやネット書店が台頭してきた。単純に対抗したら勝てるわけがないのだ。だからこそ、大手にはできないことをやるしかないと考えた。それは何か。遠山さんは言う。

いま、読書人口が少ないからこそ可能性がある

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「いま、本を読む人より読まない人の方が多いと思います。そしたら可能性があるじゃないですか。開拓していないところがたくさんあるわけですよ。そこをどう掘り起こせるか。本を読むキッカケをどうやってつくるか。本を売る、ということはもちろん大事だけど、いまは”本って良い!”ってどう思ってもらえるかという方向にシフトしています。」

「読書人口が少ないからこそ可能性がある。」この一言には感動した。本の力を、本に関わる人の力を、ひいては自分たちの力を信じていないと出てこない言葉である。「本を売る」から「本の良さを知ってもらう」にシフトしたからこそ、現在のギャラリーやそこでのイベントにつながっていったわけだ。公式サイトを見ると2011年にギャラリーのある本屋に生まれ変わったと書いてある。

街の本屋の灯を消さないためにも、これまでお客様や本に鍛えられ育まれてきた「街の本屋の底力」を今こそ発揮して、与えられた『場』を活かし「本屋の灯」を広げていきたいと願っています。

「本」から「本を含めた場」として考える方向にシフトしたとも言えるだろう。

お客様が教えてくれる

ここまでお店のことについてお聞きしてきたが、話していく中で遠山さんの謙虚でありながら新しいことに恐れず挑戦していく姿勢。そして、本の楽しさを広めようという気持ちに触れて、目が覚まされる思いだった。こうやってBOOKSHOP LOVERという仕事をしていると、ともすれば本を楽しみでなく仕事として読んでしまうことがある。近頃、「それではいけない」と絲山秋子さんなどの小説を読むようにしているが、「やっぱり自分の楽しみとして読む本の楽しさを忘れてはいけない」とあらためて思っていたところに、遠山さんへのインタビュー。本当に良い時間だった。

ところが、遠山さん。家業として本屋をしているわけだが、若いころは他の仕事に就きたかったという。確かに店の手伝いなどしていると他の人と比べて我慢しなくてはいけないことも多かっただろう。しかし、大学時代からずっと来てくださる厳しいお客様があるとき「店番、上手くなったなあ」と言ってくださったり、他のお客様が58歳で早逝された父親の話をしてくれたり、としているうちにお店に愛着が湧いて辞められなくなってしまった。 はじめは「いつ辞めようか」って思っていたけどいまは感謝しているそうだ。

そういう風に思えるなんて、なんて素敵な職業人生だろうか。

「でも、 こう思えるのも、いろいろ新しい試みができるのも、いままで続けてくれた先代や支えてくれたお客様のおかげ。それを忘れちゃいけない。」

歴史とお客様の想いを受け継いで、これからも山陽堂書店は続いていくだろう。本の楽しさについて、お客様とのエピソードについて、楽しそうに話す遠山さんを見て、ぼくはそう確信したのだった。

ちなみに、それとなく面白い本の話をしていたら、『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』を挙げていた。『オリガ・モリソヴナの反語法』も良いそうだ。米原万里さんが亡くなったことを辛がっていた。

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山陽堂書店では本日から「『翼の王国』のおみやげ」の 原画展が開催される。ぜひ覗いてみて欲しい。