熊本駅から市電に乗って通町筋で下車、そのまま藤崎宮前駅方面に上通を歩くと石畳のような道路の通りに当たります。この通り、並木坂に天野屋書店はあります。このエリアは舒文堂河島書店や古書汽水社など、上通には長崎書店(熊本の本屋です)や金龍堂といった熊本を代表する本屋が揃うエリアです。
まず店内に入る前に、店の入り口には紐が吊り下げられています。後々の話を伺った時にその正体を教えてもらうのですが、入店時にはこの紐が一体何なのかはわからず……そして店に入る。入って左側はスポーツなどの本、少し進んで右後ろの奥まった棚に、熊本に関する郷土資料がありました。そして店の奥へ進むと、古い教科書(明治期に使われた和綴じの教科書でした)や教育関係資料、軍事関連や歴史関連、書(本ではなく書道の方)に関する本が配置されています。
カウンターのところには、熊本発の文芸出版社である伽鹿舎の本が置いてありました。『片隅』や『幸福はどこにある』など、本稿執筆以前に熊本を訪れた際に買い漁った本達でした。客側から見て左側にはパスカル・キニャールの作品を翻訳した高橋啓先生のサインがちょこんと置いてありました。
さてこの天野屋、本屋としては105年やっているそうです。それ以前にも同一の屋号でかなり前から商売をやっていたそうです。創業年などの話を聞いていると、天野屋のある並木坂の話をしていただきました。並木坂のエリア、隣接する上通とは違い、1940年代の空襲に遭わなかった地域とのこと。そのためか近くの鞄屋や舒文堂河島書店など、昔からの建物が残っているそうです。
ただ、空襲には遭わなかったものの、かつてあった西南戦争ではどうやら並木坂は焼け野原になったそうです。そのためなのか、1877年創業や翌年の1878年創業の店が結構あるそうです。舒文堂河島書店も1877年、ちょうど西南戦争が終わった頃の開業。西南戦争では廃墟になったものの空襲には遭わず、戦後の区画整理には合っていない、とのことです。という話を聞いていると、「近くの朝鮮飴屋は450年くらいやっているよ」と店主。この周辺だけ、非常に長い時間を感じました。
話は変わり熊本の本屋について。熊本市内には天野屋をはじめ創業100年以上の店舗が非常に多くあります。例えば先程から幾度となく挙げている舒文堂河島書店。そして新町にある長崎次郎書店。この2軒は創業から140年以上経っている熊本でも非常に古い本屋です。
現在の人口規模で言えば福岡の方が比較的長く営業している本屋が多いのではないのか、と思っていました。調べてはおらず憶測で話しますが、京都を除けば熊本の本屋は全国でも屈指の老舗が今でも営業してるのではないでしょうか。その理由について聞いていたら、ナンバースクールの話が出てきました。夏目漱石や小泉八雲など、名の知らない人はそんなにいないであろう文豪達が教鞭を執った第五高等学校、これが熊本にありました。
たしかに当時の高等教育機関がその街にあれば本の需要は高まるというのは想像できます。そのような背景があったからなのか、現在の熊本は長く営業している本屋が多いのかもしれません。個人的には、羨ましいです。いい本屋ばかりですし……。
店を出る前に、最初に見つけた紐の正体がわかりました。店舗入口の上にあるツバメの巣、これを守るためのカラスよけの紐とのことでした。本稿執筆時にはすでに2回飛び立っていったそうです。
今回買った本は『高野聖』(日本近代文学館)、『信州人物風土記・近代を拓く 4 岩波茂雄』(銀河書房)の2冊。『高野聖』は、自分がゲストとして呼ばれた「チヅリオバトル」という名称のビブリオバトルでバトラーの方が推薦した本です。
金沢の泉鏡花記念館には行ったことがあったにも関わらず、今まで読んだことがなかったのでえいやと選びました。後者の『信州人物風土記・近代を拓く 4 岩波茂雄』は、個人的に岩波茂雄をフォローしていなかったため、勉強用に購入しました。