意外と細田守監督の作品をちゃんと観るのは『サマーウォーズ』以来だったりする。『おおかみこどもの雨と雪』も『バケモノの子』も未見なのだ。
で、近頃、『おおかみこどもの雨と雪』が地上波で放送されて、いろいろな批判があることは知っていたし本作もやっぱりツッコミどころは多々あった(倫理的にどうなんだ、という部分も多々あり)。
それは知りつつもやっぱり中村佳穂さんの歌と作画は素晴らしかった! 何度か泣いてしまったよ。特にクライマックスの歌は最高だったな。
あらすじは、ネタバレを避けるために概略だけ書くと主人公の女の子が深い悲しみを乗り越えるお話なんだけれど、正直ストーリーが歌の味付けに見えてしまうくらいには歌が良かった。
そういえばキャラクターの演技がやけにディズニーっぽかったのは意識しているのかな。
(2021.7.31追記)
ライムスター宇多丸さんの映画批評でも取り上げられていて、「仮想上の問題と現実の問題は等価である」というテーマだというのは納得感あったし、最後の部分は最初の主人公が心の傷を負うシーンと対になっている、という点は理解できるけども、やっぱりラスボス戦のときの周囲の大人たちの対応は納得できなくて、なんでだろうと考えていたら、それはもしかしたら大人のモブ感にあるのかもしれないと思った。
子供たちの対応は納得いくんだ。まだ子供だし暴走するのも分かるし焚き付けるのもあるだろう。大人たちがそれを後押しするのはまだ良いとして、フォローを全くしないのはおかしい。
しかも運良くどうにかなったのは良いけどもその後のことは投げっぱなしだし。これじゃラスボスとその被害者が主人公の成長のための道具に過ぎないってことになっちゃうよ。
そしてそして、大人たちが責任を果たさない、大人たちはこうでなくては、みたいなことを放棄しているというのは無思想・無批判に過ぎるんじゃないのか。今の時代に作品を作るとしたら程度問題はあるとはいえ社会と向き合わず作るということはあまりに無邪気じゃないのか。
なんてことを思ってしまう。かなり話としては飛ぶけどもいまの政治の体たらくは自分を含む大人たち(あえて雑な括り方をするけども)の無思想で無批判なところにあるのではないかと考えている自分としては、それが本作における大人の描き方に繋がっているような気がしてしまい、それが歌と作画の圧倒的な良さとの対比もあって、辛い気持ちになってしまうのだった。
(まあそれは自分の言動にも跳ね返ってくることではあるのだけれど)
そしてそれでももう一回観たくなるのがまた、なあ……。