
差別やら政治やら社会的に難しい問題について考えるときにいつも気をつけていることがある。
それは「どちらもそれぞれの立場からすると正しいことを言っている(≒嘘は言っていない)」と仮定することだ。
対立なんて感情の問題も大いにあるのだから、否定から入るのではなく「そういうこともあるよね」から入って徐々に自分が適していると思われる正しさに着地させる。それは妥協かもしれないけれど、長い目で見ればその積み重ねでこそ色々なことが良くなるように思うのだけれど、これって調整老人的な話でもあるのよね。
やはりもっとコンテンツ的な強さ・意志の強さ、つまり力強さが必要だとは思うのだけれども。
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