今春、江古田に本屋をオープンする予定の百年の二度寝さんの連載第三回目です。
元書店員がいかにして独立書店になったのか。第三回目はBOOKSHOP TRAVELLERに出店する前後のお話。
はじまりは「本屋講座」の告知を偶然見たことだった。
書店を退職後、10年近くを「職業=病人」状態ですごし、その後なんとか再就職はできたものの、職場への適応に苦労していた私には、本屋に関する話をできる相手が皆無だった。私は本屋トークの相手を見つけたいというぬるめの理由で講座の門を叩いた。
講座が始まってびっくりしたのが、本屋について勉強する会だと思っていた講座が「自分で本屋を経営したい」という目標を持つ人向けの、実践的な講座だったことである。
書店を開店するためには大きな取次と取引することが不可欠で、個人が本屋を開業するなんて無理だと思い込んでいた私には、開業を現実的な目標と考えている人達がこんなにいるというのは、驚きだった。私が病人としてのキャリアをつんでいる間に、不可能だとされていた「個人での書店開業」の敷居が少し低くなっていたのだ。
だからといって健康体ではない自分が開業出来るとは思えない。自分の資質はそれなりの規模の書店でなければ活かせない気もしており、その道を選ぶにしても、自身の体調はネックだった。私はただただ他の受講生さんをまぶしく見上げていたし、それで満足するべきだと自分に言い聞かせた。しかし、思う存分本屋の話が出来て、私にとっては未知の古書に関する知識も得られる場におかれたことで、自分の中の未練がチクチクと刺激される心地はしていた。
同時期に大阪の「本は人生のおやつです!!」という書店へ行く機会があり、店主の坂上さんが心から本屋の仕事を楽しんでいる姿にも感銘を受け、本屋への傾斜は勢いを増した。講座の最終日、私は高らかに宣言していた「いまの会社は退職して、また本屋に就職します!」
そして勤めていたデザイン会社に辞意を伝えた直後に激しく調子を崩し、それから3ヶ月以上寝込んだのだった……。
なんとか復活を遂げた(通常リカバーには半年かかるので約3か月での復帰は大きな進歩だった)後に真っ先にやったのは都内で開催される一箱古本市にエントリーする事だった。最初は自分の蔵書を並べるだけだったが、やっているうちに欲が出てきて、一箱市のために本を仕入れたり、著者の方から直接卸してもらったリトルプレスを販売したり、どんどん挙動がプロっぽくなった。
そんな私を面白がってくれたのが、パートナーが手伝っていた雑貨屋のオーナーで、ある日いきなり、「店の隣のゴミ捨て場なら貸すから、そこで本をも売ったら?」と言ってくださった。
オーナーさんが申し出を忘れないうちに既成事実を作らねば!ということで、即座にアウトドア用机を調達し、各SNSで「本屋をやります」と発信した。店舗は60×90センチ、場所は屋根などないゴミ捨て場なので、雨天お休み、夏暖かく冬涼しい本屋「むかで屋Books」はこうして船出を迎えた。
同時期に、本屋ライター和氣正幸氏とお会いして下北沢の「BookShopTraveller」に棚を借りることになった。また、吉祥寺のカフェで開催された「本屋ワークショップ」にも参加して、私よりはるかに若い書店員さんから陳列をならったり、彼女の紹介で新刊本の取次の八木書店と取引を始めたりもした。
そんなこんなで、本屋だったり本屋を志していたり本屋マニアだったりする知人が芋づる式に増えていった。書店員を生業としていた頃は同僚以外に本屋をやっている知人なんて皆無であったし、愛読している本の著者さんと知り合いになるなんて夢のまた夢だったので、この展開には驚いた。
もちろん、SNSの発展で人間同士の距離感が変化した影響もあるけど、私自身の意識が変わっていたことも大きいと思う。長年病人をやっていると、恥ずかしいこと、人に迷惑をかけてしまうこと、自己嫌悪に陥ることは毎日のことで、そういう気持に対する免疫がかなりついていた。
何度か涅槃を垣間見る経験もしたので「生きてるうちにやりたいことをやらないと損!」と開き直っていたし、読書以外なにもできなかった時期に読んだ本のおかげで視野が広がり、「自己責任」の呪縛からすこし自由になってもいた。年齢を重ねて世間が「おばちゃん」と言い習わす生物になりつつあったことも、意識を変えるうえではプラスになったと思う。
自分のやりたいことを素直にできて、いろんな人達とやり取りしながら前進して、いまよりちょっといい未来を(根拠無く)期待できた。やりたいことをひとつ片付けると、すぐにつぎのやりたいことが浮かんできた。それはもしかすると「青春」というやつなのかもしれず、さすがに「青春」とまでは言わなくても自分の人生の中では最上級に充実した毎日ではあった。
自己紹介を求められる度、「趣味で本屋をやってます」と言うことにした。大抵の人はそれを聞くと「?」を貼り付けたような表情になってたけど。