以前の記事で台北の文化発信基地である本屋兼出版社である田園城市生活風格書店オーナー・陳炳槮(Vincent Chen)さんに直接お話を伺うことができたと書いた。
本稿では、その際に、台北ブックショップツアー同行のメンバーからの質問も含め、伺った話を書く。
田園城市生活風格書店(以下、田園城市)について、と台湾の出版事情について聞いた。
なぜ本屋兼出版社を始めたのか?
田園城市のつくる本を見せてもらったがどれも素晴らしく凝った造りの本で(内容は読めないのでわからない)、日本ではそういった本を作り続けることがとても難しいように思う(夏葉社さんなど例外はもちろんあるが)のだが、さらに本屋までやっているとなるとどうやって成り立っているのか。
どこからその情熱が生まれるのかが気になったので聞いてみた。
Vincentさんによると、台湾の本屋が抱える問題のひとつに「どこの店でも品揃えが同じようなものになってきている」というものがあるそうだ。
Vincentさんはそこを変えたい気持ちから自分たちの出版社である田園城市文化出版社を1994年に立ち上げた。装幀にこだわった他にない本をつくり、増刷をする際には再版のタイミングに合わせてデザインや価格も変えていくという独特のやり方をしている。
このときに重要なのがお客さんや市場の反応である。作ったものに思い入れがあるほど読者と距離が生まれてくることがある。さらには、年を経れば経るほど若者との感覚の相違も出てくるだろう(21年も続けていれば尚更だ)。このギャップを埋めるために本屋を開いたそうだ。
自分たちで本屋を開いたのだから、ほかの本屋にはない本を置きたい。台湾の本屋には台湾でつくられた本ばかりでそれを変えたいという気持ちもあった。そう考えたときに自社の本だけではなくて、日本の古本を置くことにしたのだ。
しかも、Vincentさん本人が日本に出向き厳選した古本ばかりである(なんと年6回も行くこともあるそうだ)。ビジュアルが良いものを仕入れてくるので言葉がわからなくても買ってくれるお客様は多いそうだ。
この古本が本当に素敵な本ばかりで日本人の僕も知らない本があって驚いた。どうやって情報を得ているのかと聞くと、 10年以上前に自分で作者の方と会ったり出版社と会ったりした経験が活きているという。
本屋をやっていく上で参考にした本屋があるという。吉祥寺の「百年」だ。アートブックの古本を中心に、zineやリトルプレスなどを取り揃えイベントもする人気有名書店だ。ここを見て、拡大ではなくコミュニティーを大事にすることの大事さを感じたとという。
田園城市の客層はというと、20代から50代まで幅広くやってくるそうだ。若者も来るけど50代以上でも若い気持ちを持っているVincentさんのようなお客様が来るという。そのほかVincentさんが学生だったときの大学の先生が学生と一緒に来たりなど、贔屓にしてくれるお客様がいるそうだ。これは、まさに「百年」のようにVincentさんを中心にコミュニティーができているということだろう。
おもしろかったのが売れる本についてである。
どうも日本だと「装幀や内容に凝った本は好きな人は好きだがあまり売上には結びつかない」といったイメージがあるが、田園城市ではできるだけ良いものをつくるとキチンと販売に結びつくそうだ。そのほか先にも述べたが日本語の本も含めビジュアル要素が強い本が売れるとも。
これは、台湾ブックデザイン最前線に行った際に「台湾では本を買う際にブックデザインが大きな要素になっている」といったような内容があったが、そのことに通じる。つまり、「モノとしての本」という部分の良さを主張すると買ってくれるお客様がある程度いるということだ。このあたりの考え方は「日本のお客さんはようやくそうなりつつあるのかな」という印象である。
台湾の出版事情
田園城市について聞きたいことは聞けたので、次に台湾の出版事情について伺った。
まず、気になったことが誠品信義店でも気づいた本の割引販売である。再販売価格維持制度(いわゆる再販制)は台湾にはないということだろうか。
結論から言うと無いそうだ。Vincentさんが台湾での本とお金の流れを簡単に説明してくれた。
- 例えば、100元の本を40元で卸が買うとする
- 卸が50元で書店に売る
- 書店がお客様に100元で売る(割引OK)
- 3番で売れなかった本を出版社が大手チェーン古本屋に流す
※ すべて委託販売(買い取りは基本的に無いとのこと)
定価で売れているうちは良いが、在庫が増え、古本屋で安く売られるとなると本屋としては自店の利益を取るために安売りをせざるを得なくなり、利益がどんどん少なくなっていくことが容易に想像できる。
田園城市では開店時から直接本屋に卸しているのでどうにかやっていけているそうだ。
ちなみに、通常の出版社だと古本屋に売れなかった本を流す(上記4番のこと)が田園城市ではそれをやっていないとも。唯一、台南にあるオススメの会員制古本屋にだけ流すようにしているそうだが、理由はもちろん自社の本が安く買われないようにするためである。
ところで、本屋の数はどれくらいだろうか?
多ければ市場規模が大きいか過当競争であり、少なければ市場規模が小さいかニーズに対して供給が少ないことになる。
Vincentさんによると本屋の数はチェーン書店も合わせると全体で500〜600店くらいだそうだ。だが、日本と同じように文具も売っているところが増えており、本当に本だけ売っている店は100店くらいと少なめである。
(日本の書店数が2015年時点で13,488店だそうだから、これは相当に少ない。)
台湾の本の世界について
聞くところによると、台湾で本を買う人の数は日本と比べて非常に少ないそうだ。原因は若者のお金と時間がない事。
台湾の若者の給料が2万元〜3万元(1円 = 0.27351台湾ドル 2015/12/30 時点)だというから、日本円に直して10万円から15万円である。
物価や家賃など違うので一概には言えないだろうが日本の高卒社員の初任給が平均15万円(キャリアパークを参照)だそうなので同じかそれより少ないくらいだ。親元で暮らしていれば買えないことも無いという程度だろう。
ちなみに、誠品書店の書店員がだいたい2万元くらいの給料だそう。誠品書店がこうだということは他の書店は推して知るべし……書店員の待遇はどこも良くないようだ。
時間については、台湾という国自体が狭い(日本で言うと近畿地方と同じくらい。台北市は自転車で回れるほど)ため、日本の学生やサラリーマンのように通勤時間で読書ができないとのこと。
お金も時間もなければそりゃ読まないだろう。市場としては大きくないわけだ。
では、どういったひとが読むのか。ある程度余裕のできた30代以上のひとだそうだ。
本屋を作ろうとする人も30代〜40代になってお金をためてきた人がはじめることが多いらしい。
というのも、台湾の30代〜50代くらいのひとは独立心が強く、自分のお店を開こうと考える人が多いとのこと。台北など中心街になるほど財力のある年配の人間が。地方に行くと30代前半が多く開業しているらしい。
ただ、20代でもひとりじゃなくチームでやる流れが出てきているそうで(例えば、台中のArtqpieなど)この流れは素晴らしい。Vincetさんも安心できるチームがいるからこそ好きなモノを形にしていくことができると言う。
Vincentさんに伺った話は以上である。
台湾では出版市場自体が大きくないこと。だが、読者は質の良い物を求めていること。別の方から聞いた話だが台湾の出版物は年々増えてきており市場も広くなっているそうだ。日本とまるで逆である。
逆、というか台湾ブックデザイン最前線でも日本の何十年か前と同じではないか(というかこれは中国などアジアの途上国に関してよく言われることだが)と思うが、ということはこれから発展していく市場ということだ。
対して日本は先進国であり観光を産業として考えていかなければいけない国家だと思う。
……台湾と日本の二ヶ国語表記の本を出版できないかなあ、なんて妄想をしてしまうなあ。内容はBOOKSHOP LOVERのまとめと連載とインタビューを合わせたようなもので追加取材して写真もちゃんと撮って場所は日本と台湾のそれぞれの本屋を紹介するってやったら売れると思うんだけどなあ。
企画書、書こうかな(笑)
急にトーンが変わってしまったが、これから伸びる世界にいてガンガン情熱がある人の話を聞いてこちらも火がついてしまったということだ。
店はもちろん人も魅力的な田園城市生活風格書店。台北に行く際にはぜひ寄って欲しい。