彼と出会ったのは下北沢にあるB&Bという本屋さんだった。「Book & Beer」という名の通り、お酒を飲みながら本選びができる居心地の良いカフェのようなお店だ。そこでは、毎日イベントが行われて、そのほかにも一定期間同じテーマでゼミ形式のセミナーも行われている。その内の「働くキュレーターLAB」で今回のお相手である佐次俊一さんと出会ったのだ。
佐次さんはなんと島根から参加したという強者で普段は書店員をやっているという(現在は外商部なので店先には立っていないそうだ)。「本棚あそび」の主旨にドンピシャではないか。スカイプで参加することも多かった佐次さんだが何度かご一緒できたこともあって第一回目のインタビューをお願いした。なお、今回は遠方にお住まいのためスカイプでのインタビューとなった。
今回、聞いたことは以下の4点だ。
- 25冊選書して頂いた本棚の紹介
- 好きな本棚
- 好きな一冊
- 自分で本屋を開いたら
まず、本エントリでは「1.25冊選書して頂いた本棚の紹介」について書こう(次回以降は本屋さんにインタビューとして「BOOKSHOP LOVER ~本屋好き~」に載せた)。現役の本屋さんである佐次さんに事前に選んで頂いていた本棚の名前は「あなたと世界を前進させる25冊」である。聞いていくと本棚の名前を大テーマとして、いくつもの小テーマをブクログの本棚の特性を利用して縦横無尽に展開したアイデアに溢れる刺激的な本棚だった。それでは、本棚インタビュー第一弾スタートである。
以下は、佐次さんへのインタビューを編集したものである。
***
- あなたに出来ることをやることで社会は変えられますよ
- 何か出来ることを見つけてやりましょうよ
- あえて正反対の意見を並べる
- お金って何だ!?
- 社会をデザインする本
- 縦横のつながりで本棚を魅せる!
- 働き方とお金についてちゃんと考える
- 未来の古典!? 「スタンフォードの自分を変える教室」
- ぼくが好きな知性をもった人たち
- 人生の酸いも甘いも噛み分けた老ヘッセの言葉
- ラディカルな意見を持つ内田樹と五味太郎
- 知の巨人 松岡正剛
- 本の並びで縦横無尽に意味を拡張する「あなたと世界を前進させる25冊」
あなたに出来ることをやることで社会は変えられますよ
筆者:こんばんは。今回はありがとうございます。まだまだ手探りの状況ですが、現役の書店員さんに本棚についての想いをお聞かせ頂ければと思っていまして。宜しくお願いします。
佐次さん:こちらこそ。宜しお願いします。
筆者:では、早速ですが事前にお伝え頂いていた25冊の本棚についてですが、「あなたと世界を前進させる25冊」ですか。これはどういう意味でなのでしょう?
佐次さん:本棚全体で言いたいことは「あなたに出来ることをやることで社会は変えられますよ」ということとも言えます。さらに、それに加えて昔に書かれた本であっても新しい本であっても「今という時代にキャッチアップできているもの」を選びました。
筆者:なるほど。それでは、一冊一冊が全体のテーマにどうやってつながっていくのかをお聞きしていきます。まず、一冊目ですが、まず中央にある内沼晋太郎氏の「本の未来をつくる仕事/仕事の未来をつくる本」があります。これはやはり著者がB&Bのオーナーでもあるからですか?
佐次さん:いえ、そんなことはないですよ(笑)この本は一番初めに中央に置くって決めたんですね。このブクログの本棚って5×5の正方形じゃないですか。だから、真ん中に置く本を決めてそこから構成していったんですよ。
筆者:そうやって作っていくんですね。さすが書店員さんは違いますね(笑)では、本棚の1段目から聞いていって良いでしょうか。
何か出来ることを見つけてやりましょうよ
- 「種をまく人 / ポール・フライシュマン」
- 「だからこそできること / 乙武洋匡」
- 「できることをしよう。―ぼくらが震災後に考えたこと / 糸井重里&ほぼ日刊イトイ新聞」
- 「希望―行動する人々 (文春文庫) / スタッズ・ターケル」
- 「変わる人々 3.11後のソーシャル・アクション / 岡本俊浩」
佐次さん:まず、一冊目ですけども、「種をまく人」です。これは98年初版の本なんですけど、ある一人の少女がスラムの空き地に種を植えるんですよ。それを見た他の人たちがちょっと水あげたりとかあるいは植えて育ってきたところを整備したりだとかいろんな人が段々絡んできて最終的には憩いの場になる。街づくりにつながっていく話なんですよ。
筆者:つまり、この本を選んだ理由は…?
佐次さん:隣にあるのが乙武さんの「だからこそできること」なんですね。つまり、どういうことかというと、最初のスタートはごく自然なことなんですよね。少女が思いつきでただ地面に種をまいてみたってだけなんですけど。ただそれだけのことが、周りの人を巻き込んで街全体を変えるってとこまで行っちゃうっていう。この本棚で言いたかった「あなたに出来ることをやることで社会は変えられますよ」ということをこの「種をまく人」はまず表しているんですね。
筆者:うん。だから、本棚の名前に「前進させる」って言葉があるんですね。
佐次さん:そうなんですよ。グリーンズさんの「ソーシャル・デザイン」も入れているんですけど、グリーンズさんの考え方にも近くて、まずは「種をまく人になりませんか」「最初の一歩を踏み出せる人になりませんか」ってことで第1冊目にこれを置くと。それで、「じゃあ何から始めよう」ってことになったときに「種をまく人」の下にあるのがこれですよね。「イシューからはじめよ」。イシューっていうのは一番大事なテーマ、一番重要な答えを出すべきことをまず見つけて、そこに全力投球することが大事だって本なんですね。だから、この本が下に来ていると。で、1段目の3冊がこうですよね。左から「だからこそできること」「できることをしよう」「希望 行動する人々」。さらに1段目の最後、5冊目の「変わる人々 3.11後のソーシャル・アクション」は、3.11以降、何らかの社会的な行動を起こした人々の考えが、インタビューで記録されています。自分には何が出来るのか。何かしたいけど、どうしたらいいのかわからなかった人も多いはず。そういう方に読んで欲しいですし、あなたにもきっと何かできるよ、と伝えたくなる一冊です。
ここは「行動する」ことがキーワードです。「何か出来ることを見つけてやりましょうよ」っていうことですね。
あえて正反対の意見を並べる
筆者:では、2段目はビジネス寄りに見えますけど、どういった考えでこの並びにしたんですか?
- ヒーローを待っていても世界は変わらない / 湯浅誠
- 「社会を変える」を仕事にする: 社会起業家という生き方 (ちくま文庫) / 駒崎弘樹
- 僕らはいつまで「ダメ出し社会」を続けるのか 絶望から抜け出す「ポジ出し」の思想 (幻冬舎新書) / 荻上チキ
佐次さん:いえ、ここはビジネス寄りでもなくて。ここは二つの意見を同時に並べたつもりなんですよね。一方に社会を変える(「「社会を変える」を仕事にする: 社会起業家という生き方」)があって一方に社会は変わらない(「ヒーローを待っていても世界は変わらない」)があるっていう。両方事実なんだよってことです。だから、変えられる部分もあるし変えられない部分もあると。そこは二つを並べて読むことによって何ができて何ができないのかってことが明らかになるんですね。
筆者:なるほど。より俯瞰的に見ているということですね。
佐次さん:それで、「社会を変えるを仕事にする」の隣に荻上チキさんの「僕らはいつまで「ダメ出し社会」を続けるのか 絶望から抜け出す「ポジ出し」の思想」を並べました。
この本は「ポジ出し」って言葉を作っているんですね。「あれがダメだ社会がダメだ」って言うんじゃなくてポジティブに改善策を出していって淡々とやっていこうっていう本なんです。政府に期待なんかしないで、「これをやれば上手くいく」っていう実例をやってみせてそれを政府にパクらせると。そういうソリューションでこの本は終わっているんですよ。
お金って何だ!?
- ぼくはお金を使わずに生きることにした / マーク・ボイル
- 月3万円ビジネス / 藤村靖之
- ナリワイをつくる:人生を盗まれない働き方 / 伊藤洋志
- お金をちゃんと考えることから逃げまわっていたぼくらへ (PHP文庫) / 糸井重里
で、ここからその隣にまったく別の方法論を持ってきました。「ぼくはお金を使わずに生きることにした」。これはイギリスにいる29歳の若者が今の消費社会みたいなところに異を唱えて1年間お金を使わずに生きるっていう本なんです。さらに、化石燃料も使わない。それで、1年間やってみたら実際できたんですね。もちろんいろんなものを人に頼るとか、自然から採取するとか、自然エネルギーを使うとか。そうやって何とか成し遂げるんですけど、そこに至る苦しさなんかも書いてあって。でも、成し遂げた後に意外な喜びがあったんですよ。
筆者:最後、気になりますね。
佐次さん:それは買って読んで下さい(笑)
筆者:この「ぼくはお金を使わずに生きることにした」もそうですけど右端はお金関係でまとめたんですか?
佐次さん:「ぼくはお金を使わない」から下3冊(右端の3冊)はお金関係にしました。でもちょっとL字になっていて「お金をちゃんと考えることから逃げまわっていたぼくらへ」もお金関係です。この辺はうまく並べられなくて。こういう形になっちゃったんですけど。で、「お金をちゃんと考えることから逃げまわっていたぼくらへ 」、「ボールのようなことば」は糸井重里関係でまとめたんですよ。
筆者:確かに。
佐次さん:しかも、「情報の文明学」も糸井重里つながりなんですね。
筆者:本当ですか!?
佐次さん:「情報の文明学」は、「文系の生態史観」で有名な梅棹忠夫が書いた本でして、放送とか情報とかに関する先験的なことをずっと前に書いていて今読んでも斬新な視点が書いてあるのがこの本なんですね。で、何でこの本が糸井重里つながりかというと「ほぼ日」で糸井さんが「ほぼ日の父親みたいな本だ」って言ってこれを紹介していたんですよ。
筆者:なるほど。それで納得しました。それでは3段目なんですが、ここは「働き方」がキーワードになっているように思えるのですが。
社会をデザインする本
- 社会を動かす企画術 (中公新書ラクレ) / 小山薫堂
- コミュニティデザインの時代 - 自分たちで「まち」をつくる (中公新書) / 山崎亮
- 本の未来をつくる仕事/仕事の未来をつくる本 / 内沼晋太郎
- ソーシャルデザイン (アイデアインク) / グリーンズ
- 月3万円ビジネス / 藤村靖之
佐次さん:そうですね「働き方」もそうですが「社会をデザインする」ってところでもであります。
一冊目が小山薫堂さんの「社会を動かす企画術」でして、この著者は映画「おくりびと」の脚本家でもあるんですけど「東京スマートドライバー」という活動もされていて。そういった活動についての構想とかあるいは自分の仕事論だったり企画術。人を幸せにする企画ってのはどういうことかについての本なんですね。
で、その隣に山崎亮さんの「コミュニティ・デザインの時代」です。これが地域復興とかそういった関係で成果を上げている「コミュニティ・デザイン」という活動について一番よくまとまっている本だと思います。梅棹忠夫さんの「情報の文明学」に対して新しい学者さんという意味でもこの位置に並べました。
その次に真ん中の「本の未来をつくる仕事/仕事の未来をつくる本」ですが、これはもう読んでいるということで説明はいらないですね。
筆者:いえ、いちおうして頂ければと思います。
佐次さん:「本の未来をつくる仕事/仕事の未来をつくる本」は両A面になっていて片方が内沼晋太郎さんの仕事ファイル。もう片方がブック・コーディネーターという新しい仕事を作ってきた中での仕事論になっていて、どうやって試行錯誤して、どうやって今の立場になったのかについて書かれているんですよ。これは内沼晋太郎さんが知り合ったキッカケであるB&Bオーナーでもありますし、それは置いておいても「働き方」についての本でこの本は参考になる点が多い良い本なので真ん中にしました。表紙の「本」が本棚の真ん中に来るのも気持ちいですし(笑)
で、はじめにも言いましたけど、この本を一番初めに真ん中に置くって決めてから本棚をつくったんですね。だから、この本の両隣りはコミュニティについての本を置いたんですよ。だから、隣が「コミュニティ・デザインの時代」と「ソーシャルデザイン」なんです。
筆者:確かに「働き方」についてという語るなら「コミュニティ」という言葉は今、注目されていますしね。
佐次さん:で、「ソーシャルデザイン」と「ぼくはお金を使わずに生きることにした」の角になる交差する地点には「月3万円ビジネス」にしました。月3万円儲かる様な小さな仕事を見つけていくつかやっていけばそれは新しい働き方に繋がっていくんじゃないかって本なんですけど。これからは地域循環型。小さなビジネスが世の中を大きく変えるって本なんですよ。
縦横のつながりで本棚を魅せる!
筆者:ここで、お金とコミュニティが交差するわけですね。
佐次さん:そうなんです。この著者が工学博士で発明家の藤村靖之さんって方なんですけど、ローカルで電気を使わずにみんなで分かち合って楽しく稼ぐ方法はないものかっていう生き方について言及したのがこの本なんですね。
筆者:ローカル、コミュニティ、お金。つながっていますね。それでは、4段目ですが、ここは…。
働き方とお金についてちゃんと考える
- スタンフォードの自分を変える教室 / ケリー・マクゴニガル
- 情報の文明学 (中公文庫) / 梅棹忠夫
- ボールのようなことば。 (ほぼ日文庫) / 糸井重里
- お金をちゃんと考えることから逃げまわっていたぼくらへ (PHP文庫) / 糸井重里
- ナリワイをつくる:人生を盗まれない働き方 / 伊藤洋志
佐次さん:ここは、左端からじゃなくて右端からになります。「月3万円ビジネス」の下には「ナリワイをつくる:人生を盗まれない働き方」から左に見ていきます。この本は、簡単に言うとビジネスでもワークでも趣味でもなくDIYとか副業とかおすそ分けを駆使したものをナリワイって呼ぶんです。そういったちょっとした稼ぎになるものを複数持っていれば意外と仕事に、つまり、生業ってものに縛られずに生きていけるんじゃないかとそう言う本なんですね。「月3万円ビジネス」と同じなんですよ。
筆者:収入のポートフォリオを持つということでしょうか?
佐次さん:そうですね。ポートフォリオでも良いんですけど、もっと世間で戦えないというか非バトルタイプにためのゆるやかな作戦ってサブタイトルが付いているんですけど、草食系向けの本なんですよ。
具体的に言うと、第1章のまとめにナリワイ10カ条ってのがありまして、そのまま読みますね。
- やると自分の生活が充実する。
- お客さんをサービスに依存させない
- 自力で考え生活を作れる人を増やす
- 個人で始められる
- 家賃などの固定費に終われない方が良い
- 提供する人される人が仲良くなれる
- 専業じゃないことで専業より本質的なことができる
- 実感が持てる
- 頑張って売り上げを増やさない
- 自分自身が熱望するものを作る
これでなんとなくイメージ掴めたでしょう?
筆者:はい。これは先ほどの「本の未来をつくる仕事/仕事の未来をつくる本」に近いですね。
佐次さん:そうですね。それで、この「ナリワイをつくる:人生を盗まれない働き方」の左隣に「お金をちゃんと考えることから逃げまわっていたぼくらへ」を置きました。邱永漢さんっていうお金の神様と呼ばれていた人に「お金ってどういうものなんですかね?」と言って糸井さんが初心者の気持ちで聞きに行くという本です。これは先ほどまでのお金関係の流れの最後で、フック力の強いタイトルで惹きつけるのが狙いです。ここで惹きつけておいて、さらに左隣の糸井重里「ボールのようなことば」を持ってきておいて、「情報の文明学」で一気に硬くすると。
筆者:この落差は凄いですね。
未来の古典!? 「スタンフォードの自分を変える教室」
佐次さん:で、学者つながりアカデミズムつながりで「スタンフォードの自分を変える教室」を隣に並べました。
筆者:これはちょっと浮いていると思うのですが。
佐次さん:そうなんですよ。完全に浮いています(苦笑) ちょっと新し過ぎるんですよね。そのうちすぐ古典的と呼ばれるようになるような良い本だと思うんですけど。だから、一冊どうしても挟んでおきたいところがあって。
筆者:そんなに良い本なんですね。
佐次さん:はい。これは人が行動を起こすために気分を持っていくにはどうしたらいいのかって本で、なかなかやりたいことがあるのにできないとか気持ちが乗らないとか、あるいはやめたいことがあるのにやめられないとか、そういうことを解決するにはどうしたらいいのかっていう実践的な本なんですね。さらに、この本は教室ってあるように10週間の講義録なんですよ。だから、一章を一つの講義としてひとつひとつの章にいくつか課題があるんですね。それを進めていくと、だんだん成りたい自分になれていくという。得な本なんです。
筆者:えー、課題ですか。それは嫌だなあ(笑)
佐次さん:最初は瞑想してみると意外と良いとかそういうのなんですよ。しかも、その効果のデータがこうなっているとかちゃんと裏取りがあるんですね。
筆者:凄いですけど瞑想はちょっと…。
佐次さん:いや、本当にリラックスして5分間だけ目を瞑ってみようとかそんな感じなんですけどね。あのホントに修行しようとか気合入った系じゃないんですけど(笑)
筆者:なら、良かったです(笑)
佐次さん:すぐできそうなところなら、緑のあるところで歩くとか走るとかね。そういうことを毎日積み重ねているとモチベーションを維持するのに凄い役立つってデータがあると。とかそういうことが載っている本なんですよ。
でもね、確かに本棚の中でこの本だけ浮いているんですよね。ぼくもどこにおこうか迷ったんですよ。だけど、大学つながりで無理やりここに押し込んだって感じですね。
筆者:なるほど。それで、この「スタンフォードの自分を変える教室」のすぐ下にあるのが五味太郎さんですけれど、五味さんって絵本の人ですよね?
ぼくが好きな知性をもった人たち
- 勉強しなければだいじょうぶ / 五味太郎
- 街場の教育論 / 内田樹
- 文庫 人は成熟するにつれて若くなる (草思社文庫) / ヘルマン・ヘッセ
- 千夜千冊 番外録 3・11を読む / 松岡正剛
- 橋本治という立ち止まり方 on the street where you live / 橋本治
佐次さん:そうですけれどエッセイも書いているんですよ。一番下の段は「ぼくが好きな知性をもった人たち」なんですけど。この五味太郎さんのエッセイがラディカル(本質的)で面白いんですよ。「大人っていうのはさ」みたいな感じで淡々と描いてあるんですけど凄い的を得ているんですよね。ビートたけしみたいな切れ味なんですよ。
筆者:それは凄いですね。読んでみたい。
佐次さん:ぜひ読んでみて下さい。面白いですから。で、この一番下の段はこの五味太郎さんと内田樹、ヘルマン・ヘッセ、松岡正剛、橋本治にしました。まず、「橋本治という立ち止まり方」なんですが、この人は作家でエッセイを書いたりもしているんですけれど。
筆者:広告批評で書いていましたよね。
佐次さん:あれ、面白いんですよね。橋本治さんについての本は「橋本治という~」ってシリーズで何冊か出ているんですけど。この本の「立ちどまり方」ってタイトルが良いなって思っているんです。橋本治さんのエッセイのやり方は「みんなが日常の流れに乗っているけどちょっと立ち止まって考えてみようぜ。俺が考えたらこう思うんだけどみんなはどうよ?」っていうやり方なんですよ。そういうマイペース感が日本に必要だと思って。
筆者:マイペース感がね(笑)
佐次さん:解決策を教えてくれる本じゃないんですよ。だけど、何らかの気づきとか、立ち止まって考えるのはこういうことなんだっていうことを教えてくれる本なんです。
筆者:それで、この本棚を見たときから気になっていたのが、ヘルマン・ヘッセの「文庫 人は成熟するにつれて若くなる」なんですけど。
人生の酸いも甘いも噛み分けた老ヘッセの言葉
佐次さん:これは、年老いたヘルマン・ヘッセがいろいろ振り返って書くという内容なんですね。タイトルが凄く良くって…もうタイトルだけで買えよって感じですよね(笑) 「成熟するにつれて若くなる」って言ってくれた時点でもう買いそうじゃないですか。あのヘルマン・ヘッセが言うんだから間違いないって感じもありますよね。エッセイなんですけど、例えば「断章4 情熱は美しいものである。若い人には情熱が似合う人がとてもよく多い」とかね。人生の酸いも甘いも噛み分けているというかね。行くところまで行っちゃった人が書ける言葉だなっていうこの知性ですよね。
こういう本を読むと、本だからこそこういう体験ってできるよねって思うんですよね。こういう世界的な作家さんの言葉や思考回路を読んだりして自分の中に吸収できることって、読書の基本的な楽しみの一つだと思うんですよね。たぶん読書以外の方法でそういうことをするってなかなか出来ないと思うんですよ。
筆者:そうですよね。話を聞きになんてなかなか行けないですもんね。
佐次さん:インタビューしに行けるのってホントに一部の人じゃないですか。だけどこうやってパブリッシュされることで、いろんな人が手にとって「ああ、人生を達観した人はこういうことになるんだ」ってことが分かると思うんですよね。そういう知性の深さとか深遠さみたいなところでこれを再下段のセンターに入れました。
その左隣にあるのが内田樹「街場の教育論」と右隣にあるのが松岡正剛「千夜千冊 番外録 3・11を読む」ですよね。現代を代表する日本の知性です。
内田樹先生ですけれど、なんだかんだで教育の時に一番力入るよねこの人っていう感じですよね(笑)
ラディカルな意見を持つ内田樹と五味太郎
筆者:確かにブログもそうですよね(笑)
佐次さん:教育論って書いてあるんですけど、こうすれば子供は知性的になるとかそういう話だけでは全くないんですよね。要するに「現場の先生頑張って!」とか。一言で行っちゃうとエールなんですよね(笑)現代の教育の問題の本質はどこになるのか、どうすればいいのか?という問いに貫かれた一冊です。読む度に新しい発見があります。あとは現場の教師は行政に「俺たちのことは放っておいてくれと。いじるなと。何にも言うな」と思っていることとかそういうことですね。
でも、そういうラディカルさと、この五味太郎がちょっとリンクするんですよ。同じ論調じゃないですけど、全く違う教育論なんですけど。この2冊は教育論で繋がっているんですけど全く違う意見の持ち主なんですね。
五味太郎の「勉強しなければだいじょうぶ」は「興味のあることだけやらせろ。「勉強」と「学習」ってのを俺は使い分ける。勉強はやらされるもんだ。学習は自分からするもんだ。だから、学習をさせればいいんだ」と言っているんですね。だから、勉強しなければ大丈夫ということなんです。
筆者:カッコイイですねー。もう67歳でご高齢なのにそう言う意見を言えるのは本当にカッコイイ。
佐次さん:さらにこの「勉強しなければだいじょうぶ」はインタビューをまとめたものなんですけど、このインタビュアーが良い仕事しているんですよ。五味さんの意見を否定するでも受け流すでもなく自然に受け止めているみたいな感じの。そういう教育論の問い方もうまくて、インタビュー術の参考になる本なんですよ。
知の巨人 松岡正剛
で、最後は松岡正剛「千夜千冊 番外録 3・11を読む」ですね。3.11を読むってことなんですけど、3.11に関する本だけじゃないってところがミソですね。つまり、「フクシマ論」とか「原発問題はどうだった」とか「福島という問題論」とかそういう章もあるんですけど、「みちのくと東北をおもう」っていう第5章があって。これはね、梅原猛の「日本の深層」とか赤坂憲雄の「東北学 忘れられた東北」とか東北について昔からどういう研究が為されていたかとかそういう本もあるんですよ。
つまり、「フクシマ論」とか「原発問題はどうだった」とか「福島という問題論」とかそういう章もあるんですけど、「みちのくと東北をおもう」っていう第5章があって。これはね、梅原猛の「日本の深層」とか赤坂憲雄の「東北学 忘れられた東北」とか東北について昔からどういう研究が為されていたかとかそういう本もあるんですよ。
筆者:3.11という横軸だけではなくて東北がどんなところなのかという縦軸もあるんですね。
佐次さん:だから横軸ばっかりで捉えていたところに急に縦軸が入ることで3Dで3.11以降のことを日本を考えようみたいなところを、過去の日本の書籍をずっと後から追っかけていっていろんな面から考えようってところがミソなんですよね。その世界の広さが松岡正剛のなせる業だなと。
筆者:まさに巨人ですね。知の巨人。
佐次さん:単に3.11に関する所だけを集めた訳じゃないというところがやっぱり凄いです。
筆者:さて、これで25冊ぜんぶ紹介して頂きましたけれども、これって全部読んでますか?
佐次さん:いえ、拾い読みもけっこうありますね。それでも、本質的なところは掴んだって感覚の本も多いですよ。
筆者:というのも、ぼくもこの本棚にあるような本は興味があるんですけど、ほとんど読んでいないんですよ。「コミュニティデザインの時代」と「本の未来をつくる仕事/仕事の未来をつくる本」くらいなんですよね。だから、これだけ読んでいるのは凄いなって思っていたんですよ。でも、拾い読みで本質を掴めるというのはやはり凄いですね。
***
本の並びで縦横無尽に意味を拡張する「あなたと世界を前進させる25冊」
これで「あなたと世界を前進させる25冊」の紹介は終わりだ。如何だっただろうか。現役書店員の凄みを見せつけられた気がした。というのも、急なお願いだったにもかかわらずこんなにワクワクさせてくれる本棚を作ってくれたからだ。選書が素晴らしいのはもちろん、通常の横並びの本棚ではなくすべてが面陳で5×5の配置であるブクログの本棚であることをも考えた縦横無尽の本棚。しかも、この本棚はこの後の「2.好きな本棚、3.好きな一冊、4.自分で本屋を開いたら」という質問の答えにも通じていくのだ。単なる思いつきではなく大きな考えを元に落とし込んでいくその作り方はとても一朝一夕でできるものではないと感動した。
次のエントリからは「BOOKSHOP LOVER ~本屋好き~」に「本屋さんにインタビュー」シリーズとして「2.好きな本棚、3.好きな一冊、4.自分で本屋を開いたら」について聞いたものを書いていく。自分で作った本棚は以上の通り素晴らしいものだったが、果たしてそんな佐次さんが好きな本棚とはどういうものなのか。その秘密に迫ってみたいと思う。