変電社社主代理の持田泰さんは青空文庫から選んだ25冊で「都市と旅とその時代」を語る

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変電社とは何者か

「変電社」というものをご存じだろうか。ぼくの拙い言葉で説明するよりもまずはサイトから引用しよう。

「変電社」は会社組織ではなく結社です。なお結社のスタンスは「電子書籍読者」です。ビジネス目線も学者目線もありません。かたじけなく思います。ざっくり言うと「変な電子書籍っていろいろあるから読んでみようや」結社です。

…(略)…。

といったわけで僕が何をしたいかというと、
この秋にリリースされたGooglePlayブックスに慶応義塾図書館のコンテンツが混ざっていた結果、ごく一部の人々の間で瞬間最大風速的に盛り上がった「電子古書」というコンセプトがあります。

…(略)…。

古本好き図書館書庫好き野郎としてその慶応義塾図書館コンテンツを漁らねばならぬと思い至った次第です。また国立国会図書館所蔵で著作権期間が過ぎたかまたは権利処理されたコンテンツが「近代デジタルライブラリー」でWeb公開されているのですが、そちらも漁らねばならんと。また既に電子書籍ストアで売られてるコンテンツももちろん扱う予定ですが、主に紙で手に入れる場合は古本屋もしくはAmazonマーケットプレイスを介さないといけないような絶版本等を中心に扱ってみようと。屑値で売られていようがです。

その漁った中で、個人的な偏った趣味とそう広くはない知見で「これぞ!」と思ったものをピックアップして紹介したいと考えるに至りました。
変電社宣言より

お分かり頂けただろうか。 つまり、変電社は「図書館がリーダビリティを無視して電子化・公開だけしている様な古書(もちろん変な電子書籍であれば図書館コンテンツに留まらない)を見つけて読んで紹介しようという結社」なのだ。そして、ここが一番重要なのだがあくまでも「読者団体」であるということ。何よりも社主代理である持田泰さんの「面白そう! 読みたい! だから、やる!」というスタンスが素晴らしい。

また、電子雑誌『トルタル』やそれが紙変換された『紙のトルタル』に掲載された変電社第二宣言にはこうある。

僕がサンプルとしているのは、往年のクラブミュージックシーンを席巻した「レア・グルーブ」という音楽ジャンルである。時代遅れの古いJazzやSoul、R&Bを収集していたDJらが自らの耳で改めて聴いて「イケる!」と思えた音源を”Raregroove”とカテゴライズして1980年代後半に成立させたものである。

…略…。

この「レア・グルーブ」ジャンルの成立条件をざっくりと考えてみると…(略)…①パッション=偏愛によって掘り出し②カセットテープ(懐かしい!)やダンスホールというメディアへ開放し③「イケるじゃん!」「もっと音源探したい」というフォロアーを生み出したと言える。

コンテンツとしての「電子書籍」も実はその地平にいつのまにか立っているのではないか?そしてDJという「聞き手」の偏愛が成立させたジャンルが「レア・グルーブ」であるならば、同じように「読み手」が形成するジャンルもありえるのではないか?

電子雑誌『トルタル』もしくは『紙のトルタル』変電社第二宣言より

そう、変電社は過去のコンテンツを再編集し新たな価値づけを行おうとしているのだ。古くは古事記の時代から現代に至る膨大なコンテンツの山。それらは古くなればなるほど入手することの困難さが増す。古書店で探そうと思えば大海に浮かぶ一本の針を探すような作業であるしインターネットで検索しても気軽に買えるような値段では見つからない。

そんな中、電子書籍元年がやってきた。一部のディープな本好きは考えたはずである。「これで高くて買えなかった、あるいは欲しいけど見つからなかったあの本が読めるようになるかもしれない」と。ところがである。日本の出版業界は過去の膨大なコンテンツをなかなか電子化しようとはしない(2012年に紀伊国屋が試験的に国立国会図書館のデジタル化資料を配信した)。そこで、変電社社主代理である持田さんが立ちあがったのである。

社主は皆さんです!

ところで、なぜ「社主代理」なのだろう。瑣末なことではあるが聞いてみた。すると「社主は皆さんだから」という答えが返ってきた。変電社は読者団体であり主語は読者だからだそうだ。つまり、「変な電子書籍っていろいろあるから読んでみようや」と思い読んでいる読者は皆社主なのである。

変電社青空文学部

そんな持田さんであるが、電子雑誌『トルタル』のつながりで知り合ったのがキッカケで話すようになった。そうしているうちに思ったのである。
「この人に本棚を作ってもらったらどんなものになるだろう。」
本棚あそびのことを説明してみると快く引き受けて下さった。嬉しい限りである。しかも、社主代理はせっかくだから変電社に関係した本にしたいということで青空文庫だけで選んで下さった。青空文庫ということは著者の死後50年が経った作品だけで成り立つということだ。古書で揃えて下さるだろうなと期待していたが、これは面白そうだ。今から50年前と言えばちょうど近代にあたる時期。知っている作家はいるだろうか。どんな作品を選んでくれるだろう。興味は尽きない。期待を胸にインタビューに臨んだ。
***

以下は、変電社社主代理である持田泰さん(以下、持田さん)へのインタビューを編集したものである。筆者と持田さんの都合から今回はSkypeでのインタビューとなった。
  1. 都市と旅とその時代
  2. 青空文庫とは何なのか
  3. 青空文庫の文脈は断絶している
  4. 青空文庫の紹介の難しさとオススメ環境
  5. 日本の都市文化・大衆文化が花開いた一番面白い時代のコンテンツ
  6. この時代の文学史の流れとしての「三派鼎立」
  7. 「愛」=「狂」=「死」の一段目
  8. 巴里と愛と賭博小説? 『黒い手帳』
  9. 関東大震災後のごたごたがネタの小説『秘密』
  10. 医学SF『恋愛曲線』
  11. 夢野久作的犯罪小説『ココナットの実』
  12. ヤオイ系ミステリ『悪魔の弟子』
  13. 「旅」がテーマの二段目
  14. 何か分からないけどスゴイ! 小栗虫太郎の『一週一夜物語』
  15. シャムでの恋愛ストーリー『消えた霊媒女』
  16. べらんめえ調で旅行記『赤げっと 支那あちこち』
  17. 出来たてのソ連を通過した日本人の記録『踊る地平線 01 踊る地平線』
  18. イギリスにいる日本人が主人公『緑衣の女』
  19. 三段目は『都市』
  20. 都市文化の先触れを描いた『小説中の女』
  21. 三段目の裏テーマ「ストーキング」
  22. 少女小説の『香水紳士』
  23. サイコスリラー『凍るアラベスク』
  24. 遊歩者の視点から『少女』
  25. もう一つの裏テーマ「彷徨」
  26. 都市を彷徨い歩く『自殺を買う話』
  27. 四段目からは毛色が違うぞ! テーマは「女」
  28. 犬養毅の息子が作家『亜剌比亜人エルアフイ』
  29. 背中合わせの二つの作品
  30. 享楽的な娼婦の話『スポールティフな娼婦』
  31. 幻想的プロレタリア文学『猟奇の街』
  32. 「故郷」に関する作品を選んだ五段目
  33. プロレタリア文学からの転向作家が作った市井もの『日本三文オペラ』
  34. パリの街を自分の故郷に『巴里祭』
  35. 大政翼賛会の文化部長が書いた戯曲『牛山ホテル(五場)』
  36. 五段目は「故郷喪失」をもテーマとして扱っている
  37. 最底辺の人間との共同生活『放浪の宿』
  38. 文学らしい文学『町の踊り場』
  39. 変電社社主代理は個人的好みで「都市と旅とその時代」をテーマに25冊を選んだ
  40. 偏愛故の知識量に圧倒されたインタビュー

都市と旅とその時代

青空文庫とは何なのか

筆者:こんばんは。宜しくお願いします。

持田さん:宜しくお願いします。選書をしたときにお伝えした通り、今回は青空文庫だけで揃えた野蛮な本棚です(笑)。

筆者:野蛮ですか(笑)

持田さん:非常に野蛮です(笑) でもそうやって集めていくと「青空文庫ってそもそも何だろう?」ってことが疑問になってきまして(笑) いろいろ想定してみたんですね。青空文庫って文学史的に有名作品である夏目漱石こころ」や宮澤賢治銀河鉄道の夜」やら今年であれば柳田國男遠野物語」とかいろいろありますが、本当はそういったビックタイトルだけじゃないのが「青空文庫」であるなと。

そもそもは「青空文庫」は死んだ作家の作品目録です。死後50年経って晴れて皆さんの共有物パブリックドメインとなった作品群ですね。だから世をさまよう魂が50年経て成仏したものだと思えばいいのかなと(笑) で、どのあたりの作家が成仏したかかといえば、この2013年から言えば、50年前の1963年までに亡くなった作家らですね。その中でも単なるクラッシックタイトルとして必ず並ぶ夏目漱石森鴎外田山花袋島崎藤村とか、まあ教科書で取り扱われるような通史的な価値に彩られている作家は抜いて、死んだ作家らの「最も若い世代」層ってどこかなと想定してみたわけです。変な表現ですが青空文庫の中における「現代文学」はどこかなと。

それはつまりその1963年に最も多く死んだボリュームゾーンの世代だろうと考えて、調べてみると1963年の平均寿命が男性で67.2歳。女性が71.2歳(日本人の男性・女性の平均寿命は?厚生労働省「平成19年簡易生命表」より)です。で、ここから逆算したら、1891年から96年生まれくらいの人たちということですよね。仮に作家たるもの25歳くらいから文壇デビューを飾るものだろうくらいで仮定したとして、その年代生まれの作家たちというと1916年から21年くらいが25歳。1923年(関東大震災)から1937年(日支事変)の約15年間が一番脂が乗っている30〜40代だった作家らになりますね。それらが今回取り上げた本棚の皆さんです。

筆者:ちょうど50年で著作権が切れるくらい人たちってことですか?

持田さん:というよりは著者死後50年で考えたときの青空文庫における時制で一番旬な「現代文学」どころっていうとだいたいそこら辺になりそうなんです。まあ青空文庫的に限らずですが、時代的にもイキのいいところっていうとそこら辺の年代かなと。

青空文庫の文脈は断絶している

筆者:恥ずかしながらぼくは見ていても分からないものばかりです。

持田さん:いや僕も恥ずかしながら青空文庫で発見する作品が多いです(笑) それが楽しいのですけどね。ただ文脈がないから今は分かる人だけ分かるって形になっていて非常にもったいないことになっているのかなって以前から思ってはいるんですが、わりと世間的な「青空文庫」の紹介文脈って何故か文学史的に著名作品ばかり取り上げてくるんですよね。青空文庫のコンテンツが各電子書籍ストアで撒かれてランキングに上がってくるのも夏目漱石とかそういう大御所作品が多いんですよ。それが結構僕は意外なんですよね。もっとこの手のコンテンツ好きの人たちがいろいろ掘り返しているのかなーと思っていたんですけどそういう感じにはなっていない。文学史における通史を強化するだけで面白くもなんでもないんじゃないのかなーと思わなくはないですけどね。

筆者:そこは断絶している様な気がしますね。

持田さん:そうですね。おそらく近代文学好きの方々は青空文庫から様々な恩恵を受けている人は結構多いとは思うんですけど、あんまりそういう人たちのレビューは青空文庫では上がってこないですね。勝手な印象がぼくの中ではあります。

筆者:そういえば青空文庫って感想が書けるんですよね。iPhoneアプリのi文庫で書いたことありますよ。

持田さん:外部サービスでですよね。今回のブクログでもこうやって青空文庫棚ができるので、そういったところ含めてどんどんレビューが増えると面白いですけどね。

青空文庫の紹介の難しさとオススメ環境

筆者:しかし今回はコンテンツの紹介の仕方が難しいですね。この記事でもサムネイルで本の紹介をしてストアに飛ばしているんですがブクログの棚の画像を使おうとするとタイトル・著者名がないので、ビジュアルのインパクトが非常に弱いんじゃないかなと危惧してます。

持田さん:そうなんですよね。青空文庫って今やKindleでもkoboでもSONYReaderまたGooglePlayブックスでもコンテンツの底上げみたいに使われているからいろんなストアに並んでいるけども、本という取扱いよりもなんか学校なんかで授業でプリントアウトで配られた資料みたいに表紙も後書きもない。各ストアの青空表紙も酷いもんじゃないですかあれ。青空だからって空だったりしますでしょう(笑)

筆者:今回は二人で相談した結果、折角ブクログで棚作ったのでそのブクログ表紙サムネイルと青空文庫本体のWebへのリンクをメインにして各ストアの青空文庫本に誘導をするようにしました。Webリンクだと横書きになってしまうのでどうなんでしょうねぇ。個人的にはKindle青空コンテンツ誘導メインの方がいいかなとは思ったんですが、全部揃っていないですしね。持田さんの今回紹介頂いた本もいくつか抜け落ちてますね。

持田さん:そうなんですよ。各ストアあるのは青空文庫コンプリートというわけではないですからね。であればさっきのi文庫がやっぱり優れものですよね。自分で詳細設定から棚での表紙を変更も出来たりもしていろいろ痒いとこに手が届く機能盛りだくさんですね。またPCで読むならばChromeアドオンの青空縦書きリーダーがおすすめですね。本体サイトのXHTML叩いても縦書きで読めます。今回はWeb版リンクをメインにしてるから入れてない人は先に入れておくといいかもですね。

筆者:そうですね。

持田さん:僕もNEXUS7でi文庫Chrome縦書きアドオンで今回作品を振り返りましたね。他にもいろいろいいアプリや環境は揃っていたりするので皆さんで自分に親しいと思えるのを選べばいいかとは思います。

i文庫
Chrome縦書きアドオン
(以下、本棚選書作品の画像サムネイル・テキストは青空文庫に直接リンクを貼っているが、以上のリーダーをDLして読むことを勧めたい。)

日本の都市文化・大衆文化が花開いた一番面白い時代のコンテンツ

筆者:では、話を戻しまして棚の話に移りたいと思います。

持田さん:はじめに全体を俯瞰してざっくりと紹介をしていきますと、まず、先ほど言った1923年の関東大震災から1937年の支那事変まで。その大体15年の間の小説群を出していきたいなと思って揃えました。

この時代は日本の都市文化・大衆文化が花開いた時期に当たり、かつこの時代が現代の僕らの生活の原型が大体出揃った時代だなんてことは良く言われています。1920年代30年代ですね。

ここらはモダニズムと言われた時代ですが、この時代の小説というのは今でも読むに耐えるものであって、けして錆びついていないし、とくに堅苦しくもない。ここら辺のコンテンツを読むと過去の「近代文学」なんて呼ばれる作品群に対して、おそらくみんなが持っているであろう心的ハードルの様なものは誤解であって、案外ととっつきやすいものであることが分かるんじゃないかなと思います。ちなみに今回この本棚に入れたものはすべて短編にしてみました。青空文庫で17キロバイトくらい。紙にしても2,30ページくらいのですね。

筆者:短いですね。

持田さん:あまり長いと疲れちゃうし気軽に読みやすいのを選びました。電子書籍ならではと(笑)

この時代の文学史の流れとしての「三派鼎立」

持田さん:一段目の紹介の前にこの時代の文学史的の流れをまた大雑把に補足しておきますと、明治・大正初期中期にかけての既存文学である自然主義を受け継ぐ自然主義派の作家と社会運動が盛り上がった時代を背景に左派のプロレタリア文学を書いた作家小林多喜二であるとか中野重治であるとか。それに反対する形でモダニズム文学の中心勢力で新感覚派横光利一とか川端康成とか。この三つの派閥があって三派鼎立と呼ばれてなんて話は平野謙昭和文学史」なんかで出てきますけどね。ただその通史的な視点では所謂「大衆小説」ジャンルの時代小説とか探偵小説とかを見事に切り捨てていて、この話をすると長くなるのでやめますが(笑)

例えば当時の最新モダニズム誌として『新青年』という雑誌がありました。江戸川乱歩夢野久作横溝正史なんかを輩出した雑誌ですね。その『新青年系の雑誌に載せていた作家で一段目は揃えました。この時代の大衆小説、ミステリの代表的な作家たちですね。

1920年代から1930年代に流行したモダニズムの代表的な雑誌の一つでもあり、「都会的雑誌」として都市部のインテリ青年層の間で人気を博した。国内外の探偵小説を紹介し…
wikipedia 新青年より

持田さん:単なる探偵小説誌であったかといとそれだけでなくもっとライフスタイル提案に近いもので、往年の「POPEYE」や「BRUTUS」のような代物ですよね。

筆者:なるほど。分かりやすいですね。

持田さん:実際BRUTUS編集長も『新青年』をリスペクトしていて紙面作りにもその影響があったとかいう話です。(『POPEYE』とカタログ文化の時代」販売本 その2 『BRUTUS』創刊第2号より。)なので『新青年』はその時代の都市に生きるためのオシャレさん雑誌であり、金持ちの子弟たちがある種の憧憬でもってこぞって読んだみたいですね。

筆者:今の言葉に訳すと「エコでロハスな雑誌」だったわけですね(笑)

「愛」=「狂」=「死」の一段目

持田さん:その中でも一段目の作品はどれも代表作なのですが、当時の時代の枠の中で「愛」であったり「狂」であったりそれに伴う「死」であったりとかそういったテーマで選んでいます。テーマは重いですが短編なので分量は軽いです(笑)。

巴里と愛と賭博小説? 『黒い手帳』

持田さん:ここからは大衆小説なのであらすじを言ってしまうとネタバレになってしまうので具体的内容にはあまり触れませんが、久生十蘭の『黒い手帳』はパリを舞台に日本人たちのミステリになっています。賭博の必勝理論を記したものがその「黒い手帳」であると。久生十蘭チックな人を突き放す風味の小説ですね。

ちなみに十蘭は代表作はほとんど青空文庫で読めて2012年末にあの「魔都」も青空文庫化されました。朝日文芸文庫が絶版でまあまあ高値取引されていましたけど、今でもファンの多い作家さんですよ。僕も好きなので「ジュウラニアン(十蘭愛好家)ナイト」を変電社でしたいとか思ってますよ(笑)。ちなみに本当は短編なら『予言』とか『奥の海』とか他を勧めたかったんですけど、この棚の流れ上『黒い手帳』にしましたが、これ僕が一番最初に読んだ十蘭作品でもあり愛着もあります。なのでとりあえず偏愛で一番目に持って来た(笑)

関東大震災後のごたごたがネタの小説『秘密』

持田さん:平林初之輔『秘密』に関しては、これもミステリ、推理小説ですね。独特のタネを明かしていく様な話です。特徴的なのは、関東大震災後のゴタゴタを利用した仕掛けみたいなものがあります。

筆者:それは面白そうですね。

持田さん:ただあまり期待して読むと仕掛けが割と軟弱で注意なんですが(笑)、戦後の横溝正史は『犬神家の一族』とか『八つ墓村 』とかそういう混乱に乗じてみたいのよく出していますが、だいたい第二次世界大戦中戦後のゴタゴタを巧く使ってますよね。そういうゴタゴタ後に起きた何かでミステリ作るっていうのは、国内では平林初之輔『秘密』のような震災後ミステリが実は先だったと(笑)。

筆者:なるほど。

医学SF『恋愛曲線』

持田さん:次は小酒井不木『恋愛曲線』ですが、これも独特で面白いですね。ちょっとしたSF、サイエンス・フィクションですね。医学ですね。不木自身が帝大卒東北大助教授の医学博士ですしね。

筆者:医学でSFでタイトルが『恋愛曲線』。

持田さん:ある青年医学者が彼の恋人を奪っていった金持ちの友人へ送った面当ての手紙という体裁です。最後までぐいぐいと引っ張られる設定と仕掛けのどんでん返しまでの完成度が舌巻くクオリティだと思いますが、話したようにミステリは筋=そのままコンテンツになってしまうから伝えづらいんですよね。短いものなのでぜひ読んで欲しいなと思います。

夢野久作的犯罪小説『ココナットの実』

筆者:一つ飛ばしましたが、『ココナットの実』は?

持田さん:『ココナットの実』は夢野久作の犯罪小説ですね。あの時代の空気を良く表しているとてもモダンで残酷な話でお気に入りです。

筆者:夢野久作は『ドグラ・マグラ』のイメージしかないですが。

持田さん:『ドグラ・マグラ』も独特でおどろおどろしい腰の据わった小説ですが、『ココナットの実』に関してはもっとモダンな都市小説です。舞台は神戸。

筆者:神戸。確かにモダンそうですね。

持田さん:そうです。そこに夢野チックな頭のイカれた誰も救われない感が刺激的なわけですが、女とそれを囲っている資本家とインド人執事と肺病のテロリストというこの時代の配役としてロイヤルストレートフラッシュみたいなレベルですね(笑)

ヤオイ系ミステリ『悪魔の弟子』

筆者:そして、『悪魔の弟子』。

持田さん:これは若干ヤオイが入っています(笑)。浜尾四郎『悪魔の弟子』と平林初之輔『秘密』がなんとなく通底している感じがあります。間違いとか入れ換わりですね。あんまり話しちゃうとバレちゃうからこれ以上は言いませんがそんな感じ(笑)

筆者:そんな感じですか(笑) ミステリの紹介って難しいですね(苦笑)

持田さん:全部話しちゃうと読む気がなくなっちゃいますからね。この一段目は「愛」と「狂」と「死」がテーマなのでだいたいどういうニュアンスか分かってもらえるかなとは思いますが

筆者:濃いテーマですよね。

持田さん:今回、この機会でまとめて読んでみて探偵小説は恋愛小説に近いんだってつくづく思いました。

筆者:それはなんでですか?

持田さん:恋愛の過程がそのまま犯罪なんですよね。。愛があるから誰か狂って誰か死ぬって一行で言うとそんな感じなんですよ。

筆者:恋愛にたまたま死が入り込んじゃったみたいなってことですか?

持田さん:いや大団円としての死があるって感じです。

筆者:それは(笑)

「旅」がテーマの二段目

持田さん:二つめの棚は「旅」とか「海の向こう」とかを中心にして選びました。

何か分からないけどスゴイ! 小栗虫太郎の『一週一夜物語』

持田さん:『一週一夜物語』はホントは小栗虫太郎の他の作品にしたかったんですが、棚のテーマに合わせるためにこれにしました。これはインドでの話です。小栗虫太郎がインドに行って乞食じみた青年を助けたところから彼から聞いたインドの話。実話風に書いていますがホントはどうだか分かりませんが。

筆者:小栗虫太郎は読んだことなくて勝手に怪しいものを書く人かと思っていたんですが。

持田さん:怪しいですよ。栗が世に出た当時でも「何か分からないけどスゴイ」って評価もあったくらいなので(笑) ものすごいパンチがある人ですね。それとこの時代の人たちってホント博学で、とにかく勉強熱心でペダンチックです。古今東西のいろんな書物に精通しているから、そういうのを物語に組み込んでいますね。『一週一夜物語』は一段目に引っ張られる形でひとつの恋の話ではあります。

シャムでの恋愛ストーリー『消えた霊媒女』

持田さん:隣の『消えた霊媒女』は大倉燁子。おおくらてるこって読むんですけど。この作品はタイ、シャムでの海外駐在員の話です。これも恋愛に引っ張られる話。

筆者:今、ネットで調べましたがそんな感じですね。美人霊媒師・小宮山麗子ってありますし(大倉燁子研究所:作品レビューより)。

持田さん:今だとこういうタイトルは付けないですよね(笑)

筆者:確かに(笑)

持田さん:でも、内容はちゃんとしています。これも一段目とつながっていて恋愛で頭がイカれていく話です。この時代はこういうものが多いですね。この手のものが人気があったのかもしれませんが。ちなみに、この『一週一夜物語』と『消えた霊媒女』の2作に関しては一段目「愛」と「狂」と「死」に引っ張られる感じですが、共に戦前のアジアの旅情がありますね。なので「旅」棚に入れました。

べらんめえ調で旅行記『赤げっと 支那あちこち』

持田さん:で、次は『赤げっと 支那あちこち』 ですね。

筆者:スゴイ名前ですね。

持田さん:国枝史郎は日本の独特な素材を使った伝記ミステリみたいな半村良の源流にあたるような小説を書いていた人ですが、その人の旅行記エッセイですね。中国・満州を旅行した時の話です。この時代の空気感がべらんめえ調で書かれている作品です。

筆者:検索したら青空文庫で出てきました(上記リンクのこと)。

持田さん:青空文庫くらいしかないかもしれませんね。この国枝史郎はこういうエッセイはあまり書いてないと思うんですよね。実はこの時代の旅行記はけっこうあって。今と状況が違って、船旅とか時間をかけて移動するので独特の情緒があったりして今の旅行記とは違いますね。さっきの久生十蘭予言』も船旅の船内を舞台であれがいいんですよ。

筆者:確かに今だと船内が舞台というのはあまりない気がしますね。

持田さん:船を舞台にした作品だと他にもいろいろありますよ。有名なところで田中英光の『オリンポスの果実』とか。

筆者:今からだと想像できないですね。

持田さん:そういう乗り物をテーマにして一段作ろうかと思ったんですけど、一段はやめて3段目に少しだけ入れることにしました。

出来たてのソ連を通過した日本人の記録『踊る地平線 01 踊る地平線』

持田さん:次は谷譲次『踊る地平線 01 踊る地平線』。これも旅行記で世界旅行までしちゃうんだけど、それの第一話目です。これも独特の蓮っ葉な語り口調で進む話で、この時代の満州、ソビエト連邦を通過してヨーロッパにまで至る話ですが、出来たてのソ連を通過した日本人の記録として非常に面白いです。あとはイギリスにも行っていて今のエリザベス女王の赤ん坊時代の描写があったりします。

筆者:スゴイ!

持田さん:それは三作目に載っています(『踊る地平線 03 黄と白の群像』)。読んでいてそういった発見もしたので面白かったですね。

イギリスにいる日本人が主人公『緑衣の女』

持田さん:次が、松本泰『緑衣の女』ですが、これもイギリスの日本人が事件に巻き込まれて解決するって話です。松本泰は海外を舞台にした小説が多いんですが、サンフランシスコを舞台にした小説にするかこれにするかで悩みました。

筆者:その当時でサンフランシスコを舞台にした小説があるんですね。

持田さん:ありますよ「謎の街」っていう不思議な作品なんですけどね。何も解決のない殺人事件の話です。他にも例えば、先ほどの谷譲次(本名:長谷川海太郎)は林不忘と牧逸馬って3つの筆名を使って小説を大量に書いた人です。林不忘では『丹下左膳』ですね。今でもリメイクされてますよね。牧逸馬は犯罪実話小説みたいなものでよくサンフランシスコとか西海岸を舞台にした作品を書いています。

こういうのって分かっている方には本当に耳タコな話ではありますが、戦前はグローバリズムですよ。特にこういうちょっとモダンな人たちは海外の情報に対する摂取能力が高いので、今よりも欧風な小洒落れた作品が多いですね。今の村上春樹柴田元幸的な翻訳文学の空気感がある。

筆者:それはカッコ良さそうですね。

持田さん:みんな普通に外国語も精通しているので海外直輸入の翻訳空気なんですよ。「モダン」空気の典型的な特徴ではあります。

筆者:なるほど。

持田さん:あんまり日本のじめっとした文壇の空気から外れている飄逸(ひょういつ)で軽快な空気ですね。

筆者:それは林不忘がってことですか?

持田さん:いえ、林不忘だけではなくてこの時代の大衆小説家というか『新青年』周辺の作家たちですね。

筆者:戦前はグローバリズムが凄かったという話は聞いたことあるんですけれど、全然実感がわかなくて。

持田さん:そういう具体的な作品があんまり顧みられてないかもですよね。だから、この本棚がそのきっかけになれればいいと思っています。ただこの時代の全ての作品が出来が良いかっていうとそれはそれで微妙なものもないわけじゃないから、ちゃんと選定も必要ではあるんですが。もっともやはり端的に読まれてないので、気軽に手に取ってみると面白い発見が出来ることは請け合いますよ。青空文庫はこのあたり多いですよ。それはきっと青空工作員の偏愛なのだろうと信じてます(笑)

三段目は『都市』
持田さん:この段は、一番上の段が「愛」、二番目の段が「旅」ときて三段目の段は「乗り物と偶然」「都市と乗り物」みたいな棚にしています。都市と乗り物がだいたいイコールの時代ですので。

筆者:さっき仰っていた船とかですか。

持田さん:いや、ここに船はないです。船はやっぱり「旅」ですよね。だからこの段は都市の電車の話を選んでいます。この時代ってそういう乗りもので偶然に会うみたいなことが面白いテーマになっていた様で。例えば、車中で街中で偶然出会った異性に一目惚れしちゃうとか、重要な人に出会っちゃうとか。そういう話が多いです。

都市文化の先触れを描いた『小説中の女』

持田さん:豊島与志雄『小説中の女』に関しては唯一これだけ1923年で関東大震災前です。
これも都市文化の先触れみたいなものを書いています。そもそも豊島与志雄ってどういう人かっていうと。昨年アカデミー賞三部門受賞の『レ・ミゼラブル』の最初の日本語翻訳者で、ここら辺も青空文庫で全部読めるんですよね。それで、映画の効果でKindleでもランキング上位でした。

で、この『小説中の女』なんですが、電車の中で偶然出会う女が自分が書いている女とよく似ているって話です。

筆者:なんだそりゃ(笑)

三段目の裏テーマ「ストーキング」

持田さん:まあ実はこの段の裏テーマとして今で言えば「ストーキング」かなと(笑)。都市観察者としての誰かが誰かを盗み見ている。そういう傾向は結構いろいろな作品に出てきますね。考えれば近代都市が膨張するにつれて見ず知らずの他人同士が乗物なんかの「閉鎖した空間」に押し込められるという経験が増える。現代だって朝のラッシュに知らない人同士が身体密着して都心に出てくるわけで、日本人として一番最初にそういう経験をしたような世代だと思えばよくて。そうなるとその密室での都市犯罪が必然的に増える。併せてそれを題材にしたような作品が量産される。おおざっぱにそういう流れだと思っておけばいいんだろうと。
この作品は犯罪小説ではないんですが、鎌倉から東京に向かって帰っているときに乗った電車の女性が自分が書いている小説の女性にそっくりなので主人公がずっと女を観察している話です。病的です。こんなにじっくり観察したら絶対怒られるだろうってレベルで(笑)。後半そのオチがあるんですけどそれは言わない(笑)。

少女小説の『香水紳士』

持田さん:次が大阪圭吉『香水紳士』ですが、これは簡単な少女小説といったようなもので。

筆者:少女小説?

持田さん:この時代は少女小説ってジャンルがあるんですよ。

筆者:少年小説ではなくて。

持田さん:違います。少女雑誌っていう読み手が女学生の小説誌がけっこうあるんですよ。

筆者:やっぱり恋愛ものが多いんですか?

持田さん:この『香水紳士』は恋愛ものというよりは犯罪ものですね。たまたま乗った電車に乗り合わせた人がどうやら強盗犯で、主人公の女の子が機転を利かせて事件が解決に至るって話。

筆者:爽快な感じですね。

持田さん:大阪圭吉は『とむらい機関車』の方が代表作でかつ「乗り物」縛りになるんですが、機関士の話で話自体は乗り物に「乗っている」ところで進むものではないので『香水紳士』にしました。昔の汽車は欧州式のコンパートメント席の密室で相席なんてのが普通にありえたわけで、その見ず知らずの他人と密室の不安感みたいなものが良く描かれているなと。さっきの豊島与志雄『小説中の女』の真逆にしたような作品ではありますね。

サイコスリラー『凍るアラベスク』

持田さん:で、次は妹尾アキ夫『凍るアラベスク』。これはまたさらに逆で、女教師が犯罪に巻き込まれる話です。ガチなストーカーサイコスリラーみたいな感じですね。

筆者:これは何の乗り物なんですか?

持田さん:これは駅ですね。駅で男に目撃されてずっと追けられて「あなたは私と夢の中でずっと会っている」みたいなこと言われて口説かれて…って感じです。この手のサイコ系って随分昔からあったんだなと思うと「狂気」が現代の専売特許ではないことがよくわかりますよね。現代人の「心の闇」なんて都市生活者において、いたって陳腐なものなんだってわかります(笑)

遊歩者の視点から『少女』

持田さん:その次の渡辺温『少女』に関しては、これも都市をぷらぷら散歩していると、友達の妹とよく似た女の子がタダ食いをしてお店の人にもの凄くドヤされていて、それを助けるってだけのたわいない話です。フラヌール(遊歩者)って言葉があるじゃないですか。ただ都市を遊歩する散歩する彷徨する。そういった視点の作品です。

もう一つの裏テーマ「彷徨」

持田さん:「ストーキング」のほかにもこの段の裏テーマとして「都市を彷徨い歩く」というのもあって。やはりあの時代の独特の空気を作っている。これも青空文庫にありますが海野十三の「深夜の市長」の深夜の東京市の徘徊するところの甘美な「迷子」感みたいのですね。ここらへんはこの時代の探偵=都市小説的なものに欠かせない空気で例えば谷崎潤一郎秘密」から江戸川乱歩屋根裏の散歩者」なんかの初期探偵小説でも濃厚に漂う空気で、さっきの谷譲次、林不忘、牧逸馬こと長谷川海太郎の弟で洋画家の長谷川潾二郎って言う人が居て彼もこっそり地味井平造って名でいくつか探偵小説を書いているんですがその「煙突奇談」っていう短編が本当に美しくその空気を描いていて珠玉の名作なのですが、彼はまあまあ長生きしたので青空文庫にはまだありません(笑)

都市を彷徨い歩く『自殺を買う話』

持田さん:その典型的なのが橋本五郎『自殺を買う話』です。これも良くできた話で。死のうと思って都市を彷徨い歩くと男と出会って命を救われるって話です。

筆者:良い話ですね。

持田さん:良い話であり悲劇でもあり、なんて言いますかね。この孤独な人達が街を彷徨い、偶然に出会って「謎」に組み込まれて、目的を知らない役割をそれぞれが果たして、最後その「謎」が晴れるというのは、妙なカタルシスみたいのがありますね。

四段目からは毛色が違うぞ! テーマは「女」

持田さん:で、ここまで話してきた3段分15冊が大衆小説です。次の四段目からは、今までと毛色が違ってきます。

筆者:確かに怪しい。

持田さん:ここからは初めに話した三派鼎立のうちのモダニズム文学系からプロレタリア文学系の作品をまとめています。ここは「女」とは言っても「街の女」で「娼婦」をテーマにそろえてみました。

犬養毅の息子が作家『亜剌比亜人エルアフイ』

持田さん:四段目一冊目は犬養健『亜剌比亜人エルアフイ』。

筆者:犬養健って犬養毅かと思いました。

持田さん:犬養健犬養毅の息子さんですよ。

筆者:作家だったんですね。

持田さん:良い作家さんですよ。父の跡を追うように政治家へ転進してしまうけど、いい作品多数残していますよ。

この『亜剌比亜人エルアフイ』(※アラビア人と読みます)は当時のフランスの作家ジイドと出会ったアルジェリア人マラソン選手を題材にした話です。まだ当時のヨーロッパ文学の中で最先端でかつ現役人気作家であった人をそのまま作品に出すなんていう結構勇気いることをやってしまっているんだけども、非常に完成度が高い良い小説だと思いました。アルジェリアに遊びに来ていた作家ジイドと少年時代に出会ったときの話を書いています。ジイドが北アフリカで女性を買い「生命」を取り戻していくという話なのでこの段に入れているんですがちょっと他の作品とは毛色が違いますね。外国文学を読んでいるような味わいです。

背中合わせの二つの作品

持田さん:次が、南部修太郎『ハルピンの一夜』、すぐ隣の葉山嘉樹『淫売婦』です。この2作はある意味セットで考えたいかなと。

『淫売婦』の方から説明すると、これはプロレタリア文学の代表作で知っている人も多いかと思いますが、これも都市を彷徨っている。彷徨っていると都市の最底辺のどん詰りの中に生きている娼婦と出会うという話で極めて階級意識の高い小説です。

その真逆にあたる南部修太郎『ハルピンの一夜』というのは、これは出張に行ったハルピンで著者だか主人公だかが出会うロシア人娼婦の話で。つまり、ロシアで革命が起きたことによって追放された上流階級のお嬢さんが娼婦になっているという話です。だから『ハルピンの一夜』と『淫売婦』は背中合わせになっているような作品ですね。娼婦だけを見ても見方も作家としてのスタンスも違う。南部修太郎は慶応大学三田派のボンボンで甘ったるい作品を残して、葉山嘉樹は早稲田予科を学費未納で除籍になり船員になった労働者上がりの文士でバリバリの闘士ですから、世界への眼差しが違う。違いながらも両作端的に現される娼婦は「悲惨」です。その理由が革命の「契機」となるか革命の「帰結」となるか。最近も話題になっている「慰安婦」的な何かを象徴してますよ。

享楽的な娼婦の話『スポールティフな娼婦』

持田さん:次のその「不幸」から全く離陸されている「娼婦」も紹介しておこうということで、吉行エイスケ『スポールティフな娼婦』。もっと享楽的な横浜の娼婦の話です。「スポールティフ」ですからね(笑)。もっと世界を楽しんでいるんです。吉行エイスケっていうとモダニズム文学の代表的作家になりますけど、この手の都市モダン小説の一例です。ちなみに言わずもがなですが吉行エイスケ戦後第三の新人吉行淳之介の父親です

幻想的プロレタリア文学『猟奇の街』

持田さん:その次の佐左木俊郎『猟奇の街』は娼婦ではないですが、プロレタリア文学側で、かつ『新青年』にも小説を出していたりするので探偵小説、ミステリー、推理小説側の人ですが、もともと新潮社の社員です。小説書きながら勤めていた人で農民文学をいっぱい書いていた人でもあります。

都市を彷徨い歩いていると女に声をかけられて、その女の頭がおかしく。行方知れずの旦那を探しているんですね。リアリズムとはちょっと違う幻想的なプロレタリア文学ですが、底には底辺生活者への深い共感のある作品です。佐左木俊郎は人として人に好かれた作家さんだったようですね。

この四段目をまとめると「女」が一つのテーマとなっています。不幸であり享楽であり病んでいたり様々な「女」を並べて見ましたが、女テーマだけでまだまだ棚は広げられそうです。

筆者:都市とも関係している感じですね。

持田さん:都市の裏路地には「女」が居るみたいなイメージですかね。今だって何も変わってないですよね。

「故郷」に関する作品を選んだ五段目

持田さん:最後の段は、ちょっと悩んだので適当に選んじゃいましたけど(笑) ここは最下段なので自分の足元っていう意味で「住処」とか「家」とか「故郷」とかをテーマに選びました。地面性のようなものですね。その中でも、旅の要素もあり。いろいろ試行錯誤した結果、外すともったいないものは入れました。

プロレタリア文学からの転向作家が作った市井もの『日本三文オペラ』

持田さん:それで、武田麟太郎っていうとプロレタリア文学からの転向作家と言われていて戦前の人民文庫とか作った人ですね。その人の市井もの町人ものが『日本三文オペラ』です。

筆者:聞いたことあるタイトルですね。検索してみたら開高健も『日本三文オペラ』出しているみたいですね。

持田さん:同じタイトルで出していますね。そもそもはベルトルト・ブレヒト三文オペラ」ですよね。それも1928年だから武田麟太郎「日本三文オペラ」が1932年なのでインスパイアされたのも早いわけで(笑)。これは銀座の裏手にあるアパートを舞台にしたドタバタものみたいなコメディ感あふれる作品。登場人物はみんなドヤ街でそれぞれの思惑の中で生きているのを描いた俯瞰的な小説とも言えますね。

パリの街を自分の故郷に『巴里祭』

持田さん:次が岡本かの子『巴里祭』で、二段目の「旅」とか海外ものなんじゃないかってことになりそうですが、ここに入れました。パリに住んでいる日本人で、非常にモテ男がいるって感じな話なんですけれども、一年に一回パリで行われる巴里祭のときに街を彷徨いながら、パリという街を自分の故郷、足場としていく話ですね。途中で日本に残している妻の顔が見たいとかそういうシーンがあるんですけども、最後は妻をパリに呼び寄せます。でも、巴里祭の最中はパリで出会った初恋のフランス人のことを探していると。でも、その初恋の女は死んでいてその娘と出会います。若干、辻仁成っぽい空気ありますがちゃんとした小説です。ちなみに言わずもがなですが岡本かの子は岡本太郎の母親です。

大政翼賛会の文化部長が書いた戯曲『牛山ホテル(五場)』

持田さん:次の岸田国士(きしだくにおと読みます)『牛山ホテル(五場)』。これは戯曲です。だから、小説ではなくて脚本になっています。これも良くできた話です。この岸田国士は数奇な運命をたどった人で、最初は軍人で、軍人を辞めて劇作家になった人なんですね。だから、戦時中、大政翼賛会の中で文学の大将にさせられちゃうんです。軍のことも分かっているし文学全般のことも分かっている人なので。

筆者:(wikipediaを見ながら)ホントだ。文化部長ってありますね。

持田さん:そうです。いろいろと国の中に巻き込まれて、ミイラ取りがミイラになっちゃうような流れになるんですけど、本来の岸田国士という人はもっと遠くまで見通せていた人だったことは、『牛山ホテル』や青空文庫の他の作品を読んでも分かります。『牛山ホテル』はどこのホテルの話かと言いますと、フランス領インドシナの話です。牛山ホテルという日本人が経営するホテルを舞台にした劇です。そこでの商社マン駐在員とホテルの従業員のいろいろなやり取りが扱われています。

五段目は「故郷喪失」をもテーマとして扱っている

持田さん:こういう世界的な幅広い感覚で物語を作っている人っていうのは当時も当然いたということです。じゃあこれをなんで最下段「足場」にしたかというと。これは作中の男とその妾が別れて、その妾を故郷の九州に帰すという話が本筋なんですが、その故郷に帰して良いのかどうかという話があったりして。「故郷喪失性」とでもいう様なものですね。

つまり、この時代のインドシナにいるような人っていうのはみんな故郷を捨てているんですよね。帰る場所がないからこそ、どんどん「外地」へと旅立って、芭蕉じゃないけど「旅を栖(すみか)とす」の精神がこの作品には良く出ているなって思っていて。これはひとつ前の『巴里祭』もそうです。

筆者:故郷を捨てたからこそ故郷を思うと。

最底辺の人間との共同生活『放浪の宿』

持田さん:次の里村欣三『放浪の宿』は満州の大連の話です。満州に飲まず食わずで放浪してきた人間が最後に行きつく無銭宿のお寺があって、そこで出会う本当に最底辺の人間たちとの共同生活の話です。これにもまったく同じような故郷喪失者の群れですが、底が抜けたとこでの開けっぴろげな生命力が逞しくて、けして悲惨小説ではないピカレスク(悪漢)小説ですね。大陸の土っぽい乾いた風が吹いてくるようで。こういう経験を戦前の日本人はしていたんだなあと思うと感慨深いものがあります。

文学らしい文学『町の踊り場』

持田さん:最後は、ビッグネームを出しました。徳田秋声です。『町の踊り場』。これは本当にとても良い小説でどうしても入れたいなと思って入れました。この人は自然主義の日本小説の職人的なところの筆頭と目されていますが、この『町の踊り場』も故郷性とその故郷に対する喪失感みたいなものがあります。これを書いたときの徳田秋声は62歳なんですが、姉を亡くして故郷に帰る時の話です。葬式に参加する話で、葬式の描写は淡々と飄々としていて。その葬式のあとにダンスホールに遊びに行く。話が淡々と進む文学らしい文学ですね。

ちなみに持田家の墓は小平霊園にあるんですが、その斜め先に徳田秋声の墓がある(笑)。なのでこちらも個人的に一つ「足下」というか「故郷」というか(笑)極めて個人的なセレクトを最後に(笑)。

変電社社主代理は個人的好みで「都市と旅とその時代」をテーマに25冊を選んだ

筆者:これで25冊ですね。

持田さん:はい。上の方が気軽に読めるだろうもので、下に行けばいくほどちょっとずつハードルが上がりますが全体読んで楽しい作品になっているかなーとは思います。が、単にべスト25ではないところが棚作りの難しいところではありましたね。

筆者:一段目「愛」、二段目「旅」、三段目「都市と乗り物」、四段目「裏町の女」、五段目「故郷」ということですね。全部合わせて一言で言うならどんな感じですかね。

持田さん:「都市と旅とその時代」ですね。あとはでも結局は完全に個人的な好みですよ(笑)

筆者:それで良いんです。本棚あそびは自己満足というか本棚を楽しもうってところが大事なので。どんどん好き勝手言えばいいんですよ。

持田さん:ぼくは人が動いているのが個人的に好きなんですよ。何かどこかに定着していなくてみんながどこかで放浪し流されている感が。

筆者:留まっている感じじゃないと。

持田さん:そうですね。それに都市自体が留まっていないですから。だから変電社もけして留まらないですよ!

筆者:なるほど期待しています(笑)。本日はありがとうございました。

***

偏愛故の知識量に圧倒されたインタビュー

如何だったろうか? 以上が変な電子書籍をdigして読む。偏愛溢れる読者団体「変電社」の社主代理である持田泰さんによる「都市と旅とその時代」の本棚である。お楽しみいただけただろうか。

回のインタビューで筆者が強く感じたことは持田さんの偏愛の強さであり、その強さゆえの知識量だ。筆者は恥ずかしながらこれら選書作品について知っている者がほとんどなかった。インタビュー中はその知識量に圧倒されちゃんとまとめられるかどうか不安でならなかったが、自分が知らないことを知れるというのはどんなときでも嬉しいもので、不安とは裏腹にどこかワクワクしていた部分があったのも確かだ。

持田さんは最後に選書について「結局完全に個人的好みですよ」と言った。だが、個人的好みで選ぶからこそその偏愛ぶりが伝わってきて面白い。人間は好きなことを語る時が一番素敵なのだ。

最後に、変電社社手代理にはお忙しい中、最後まで協力して頂いたことを心から感謝したい。また、ここまで読んで頂いた読者の皆様にも心からの感謝の意を表したい。もし拙文を読むことで変電社青空文庫ともに興味を持って頂けたなら幸いだ。「電子書籍」という観点から深くて広い本の世界に触れてみるのも楽しいものだと思う。
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