芸術学舎講義「いつか自分だけの本屋を持つのもいい」の第一回講義にてブックディレクターの幅充孝さんはこう言っていた。
「ぼくが講師をしていた本屋関係の講義の受講生が本当に本屋を開いた。」
それを聞いたときから行きたいと思っていた。あのブックディレクター幅さんの講義を聞いた方が開いた本屋さんならきっと本棚に思い入れがあるはずだろう。またアートブックフェアで素敵なフライヤーを手に入れていたこともある。
そこで、せっかくのGWなので行ってみることにしたのだ(以下は2013年4月27日の記録である)。
- 芸術学舎 講義「いつか自分だけの本屋を持つのもいい」第一回レポート 幅允孝 http://bookshop-lover.com/blog/itukahajibundakenohonyawomotunoii1/
まとめ
時間のない方のためにまとめです。
- 品揃え:アートやデザイン系ばかりかと思いきや読み物系も多い。もちろん村上春樹も。
- 雰囲気:異人館のリビングのような雰囲気。
- 立地:駒沢大学駅から徒歩20分。渋谷からバスで「深沢不動前」がオススメ。
TEL 03-6325-3435
OPEN 13:00ころ~19:00までは確実に CLOSED 火・水曜日 ※祝日の場合営業します。
Twitter:https://twitter.com/Snow_Shoveling
Facebook:https://www.facebook.com/snowshovelingbooks?bookmark_t=page
本屋とは文化的雪かきである
「スノーショベリング」という店名を聞いてニヤッとした人は少なくないと思う。何を隠そう。今をトキメク村上春樹先生の著作から取られた名前なのだ。
「君は何か書く仕事をしているそうだな」と牧村拓は言った。
「書くというほどのことじゃないですね」と僕は言った。「穴を埋める為の文章を提供しているだけのことです。何でもいいんです。字が書いてあればいいんです。でも誰かが書かなくてはならない。で、僕が書いてるんです。雪かきと同じです。文化的雪かき」
村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス』より
「誰もやりたがらないけれど、誰かがやらないと、あとで誰かが困るようなことは、特別な対価や賞賛を期待せず、ひとりで黙ってやっておくこと」ということだ。
確かに本は利益率も異常に悪いしイメージに反して重労働だ。純粋にビジネス的な観点から言えば誰にとっても「やりたくないこと」になるだろう。だが、誰かがやらなければ確実に誰かが困る。ウェブや電子書籍によってその存在が危ぶまれているが少なくともぼくはそう思う。きっと店主も同じ思いなのだろう。だから、良いとは言えない立地で始めた。周りに本屋がない様なこの場所に。しかし、大学からほど近いこの場所に。
自己紹介をして撮影の許可を貰った時に、「自分も本屋好きとして各地の本屋を回っている」と言っていた店主は気さくに楽しそうに話してくれた。実は相当にしんどいであろう本屋という仕事を軽やかにこなしているその姿は本屋になりたいぼくから見てカッコイイと思えるものだった。
駒沢大学駅から徒歩20分
遠い! 正直言ってかなり遠い! サークル活動だろうか。GW始めの土曜日だというのにたくさんの大学生がいる。彼らを横目にてくてくと歩く。駒沢大学を公園を越えさらに何分か歩いてそろそろ疲れてきた頃にようやく見つけることができた。散歩日和だったので駅から歩くことにしたのだが失敗だと感じたほどである。だが、心配しなくて良い。実は渋谷駅からのバスに乗り「深沢不動前」で降りれば徒歩1分の距離なのである。帰り道はもちろんバスを使った。
ちなみに入口はかなり分かりにくい場所にあるためちゃんと場所を確認してから行くことをお勧めしたい。
広がるのは異人館的空間
マンションの裏手階段を昇り入口を開けるのはそこにあるのは神戸の異人館のような空間だ。雑多に置かれたレトロな家具や雑貨。奥の壁を見ると剥製まで飾られている。これほど写真の撮り甲斐がある本屋さんも久しぶりだ。今までの本屋さんが決して撮りにくかった訳ではなくここが凄いのだ。レトロ好きなぼくとしてはもう店内に入った時点で興奮してしまった。
横置き縦置き何でもアリ
そんなレトロ雑貨たちの中に本がディスプレイされているのだ。そうディスプレイ。本棚に置くのではなくテーブルに横置きするのはもちろん。ガラスのフードカバーの中に入れたり塔の様にしたり。トランクケースを積み重ねた上や秤の上、暖炉の上。もう何でもありである。「生活の中の本」といった趣である。ちなみに壁一面の本棚もあるので量が少ないのではという心配をする必要はない。しっかりしたものだ。
寄付制コーヒー
もう一つ面白い点がある。ここは奥にソファーが置いてあり、サイトにもあるように長居して作業することができるスペースになっている。長居するとなると当然欲しくなるのがドリンクの類だが入り口側のコーヒーメーカーを自由に使って良いのだ。料金は決まっておらず壁の掲示を見ると寄付制らしい(酒も出されているがこれは有料)。心憎い演出である。
店主はここに本を中心にしたコミュニティをつくりたい
一通り見た後に本を購入。自己紹介後に店主と話したのだがそこで「「コミュニティ」のようなものをつくりたい」と言っていたのが印象的だった。本を中心にしたコミュニティ。これは僕も大いに賛成である。なんてったって本を好きな人に悪い人はいない。これはもう間違いことである。日が東から昇り西に沈むかのように当然のことなのだ。だから、本好きたちが集まって本に囲まれながら話せる場所。自然と本好きたちが集まってくるような場所をぼくも作りたい。
1時間ちょっと店にいたのだがスノーショベリングは着々とコミュニティを作っていっているように見えた。というのもその間にお客さんが何人も来て、そのうちの何人かとは結構な時間、雑談していたのだ。中には相談している人までいた。人が相談しにくる本屋さん。素晴らしい。本のことでも何でも人から頼られているということなのだ。それもこれも突然訪れたぼくの様な変人にも朗らかに接してくれた素敵店主だからこそだろう。遠いけどまた来よう。店を離れるときにそう思ったのであった。
レイアウト
スノーショベリングの紹介については以上だ。ここからはレイアウトや品揃えについて書いていこう。
レイアウトであるが、まず店舗の形は左に長い長方形で10畳ほどの広さだ。正面に本棚にしたレトロ家具。左を見ると手前に長テーブルが2つ。奥に広めのレジカウンター。左隣にソファセット。左の折れ曲がってコーヒーメーカーと店舗の説明(これは言われないと分からないのが不親切だった)。そのまま店舗入り口側の辺にギャラリー。
左辺奥の壁一面が本棚でレジカウンターのある正面レジカウンターの左奥側にも左辺奥と繋がるように壁棚。暖炉が隣にあってレジカウンターとなる。
ちなみに店主によると奥の本棚が基本的に古本でそれ以外は新刊本らしい。
BGMはジャズ。イメージ通りだ。
値付け 品揃えについて紹介する前に値付けについて解説しておく。これもコーヒーメーカーの近くにある店舗の説明に掲示されているが基本は以下のとおりである。新刊本と区別が付きにくいのが難点だが値段帯は良心的だったと思う。
- 古本の値段が付いていないものは半額
- 青い●シールは定価の1/3
- 赤い●シールは200円均一
品揃え
NO文庫・新書
では、品揃えについて書いていこう。まず言っておきたいのがスノーショベリングには文庫新書がないということである。単行本と大判本ばかりなのだ。確かに利益のことを考えるとそちらの方が良いだろうし、ディスプレイ的にもカッコイイ。限られたスペースで面白い空間を作るためにはある意味での思い切りの良さが必要だということなのだ。
正面のレトロ家具本棚
目の前のレトロ家具からだ。
目につくのがオノヨーコの写真である。店内に入ると目の位置の正面にあるのでイヤでも目に入る。写真の上に「yes」の文字。愛のある言葉だ。
写真の周辺にはアイデアインクの新書や洋書、雑貨である。
左手前の長テーブル2つ
長テーブルは手前と奥で二つだ。
手前にはいろんな雑貨が雑然と置かれておりそこに隠れるようにでも分かるように本が陳列されている。ガラスのフードカバーの中に本が入っているという場所はここだ。『ディックブルーナのすべて』、佐内正史『人に聞いた』、『ロックの英詞を読む』、『東京本屋さん紀行』、『東京ブックカフェ紀行』、『失われた時を求めて』、『宝島』(古書)など。雑貨ではビブリオフィリックの商品などが置かれていた。
奥のテーブルはと本以外置かれておらず基本は洋書であるのだが、このテーブルは周囲が面白い。トランクケースが積み重なっていたり本の塔があったり。見ていて飽きないディスプレイだ。ここにあるのはフランス・パリの本である。『メディア都市パリ』、『パリの電球』、『パリは解放された』。
左に折れ曲がって コーヒーメーカーと店の説明
ここでは先ほども取り上げた寄付制のコーヒーメーカーと店の説明が見つかる。もちろんコーヒーメーカーの横にはカフェの本を置くのを忘れないあたりさすがだ。
続いてギャラリー
今回はイラストレーター中澤季絵さんの「いきものの時間」 という展示である。シンプルな線と色遣いが可愛らしい絵だった。興味を持ってフライヤーを手に取っているとソファにーに座っていた女性がお礼を言ってくれた。どうやら中澤季絵さん本人らしい。こういう触れ合いは嬉しいものである。
- 「いきものの時間」 中澤季絵 http://www.snow-shoveling.jp/gallery/
左辺奥の一面本棚
ようやく本屋らしい本棚である。本棚がない場所に本があり本棚にも本がある。メリハリがあって楽しい見せ方だ。
ここは本棚に小さく貼り紙でジャンル分けがしてある。多いので各ジャンル1冊ずつで紹介していこう。左から見ていく。
- Football:『バルサ、バルサ、バルサ』
- 海外文学:『ネザーワールド』
- 主にアメリカ文学:『ユリシーズ』
- 建築のこと:『フランク・ロイド・ライト入門』
- デザインとか:『原弘デザインの世紀』
- 本屋さんの本:『ニューヨークの古本屋』(さすが本屋好きである。品揃えが良い!)
- 本の本:『切りとれ、あの祈る手を』
- 本をつくる人たちとか:『雑誌的人間』
- 日本の作家さん:『死神の精度』
- ビートニク:『ブコウスキーノート』
- 60年代とか:『東京モンスターランド』
- 60'sとか:『ヘルズ・エンジェルズ』
- ことのは:『ラップのことば』
- おんがく:『ジャズに生きる』(店主がジャズ好きなのかばかりだった。)
- シネマ:『ゴダールの全映画
- MURAKAMI、HARUKI、シャベルのマーク:さすが店名に掲げているだけあって春樹は3つも張り紙を使って主張している。『色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の旅』はさすがになかったがこれだけ揃えるのは大変だっただろう。さすがである。)
- 読んだ本です:『ボレロ』などクラフトエヴィング商会の本
- いろんな教科書:『ソニアのショッピングマニュアル』
- Life goes on:『軽くなる生き方』など松浦弥太郎本
- ART is Fun:『現代アートの舞台裏』
- Life is jairney:『アジアンジャパニーズ』
- Vagabonding:『世界しあわせ紀行』
- 世の中いろいろ:『インタヴューズ』
- 地球をアソぶ:『自然図鑑』
- スピ本:『沈黙の春』
- ALL AROUND THE WORLD:『ロンドン王室旅行ガイド』
- NIPPON:『本屋の窓からのぞいた京都』
- TOKYO:『東京でお酒を飲むならば』
- 食べる:『食後のライスは大盛りで』
- Fishing:『釣魚大全』
- MOON:『月の癒し』
- 茶と酒:『カクテルブルース』
- 大好き:『カレーライフ』などカレー本(好きなのか(笑))
店舗正面の辺 壁棚と暖炉と剥製
そのまま繋がる様になっている壁棚は写真とアートが五段の本棚5本分ある。
『写真論』、『ヨーロッパの写真史』、『ロシア・アヴァンギャルド』、『世界のフローリスト巡り』、『「かわいい」の帝国』などだ。
この隣が暖炉とその上についた鏡である。もちろん地下うには本が度買った積み重ねられている。書名はうろ覚えてなのだが確か「男の作法」があったような気がする。これでもうちょっとだと上を見上げると先にも鹿の剥製だ。これには驚いた。異人館的空間と呼びたい原因である。
カウンター周りと梶井基次郎の「檸檬」
そのまま壁沿いに進むと大きくレジカウンターがある。もちろんここも本でいっぱいだ(ブックカバーや雑貨もある)。だが、そのほかに店主の作業スペースがあり、普段はデザイナーの店主らしく大きいiMacも置かれている。カウンターの周りには席があって店主と話せるようになっており、ここからもスノーショベリングがコミュニティ志向であることが伺えるだろう。
そうやってレジカウンター周りを見ていくと「ん?」と思うものが本の上に置いてある。檸檬の置きものだ。どこからどう見てもどう考えても檸檬である。粉うことなき檸檬様である。本の上に檸檬。店主に訝しげに聞いてみると案の定、梶井基次郎へのオマージュの様だ。やっている見せないのかな―とうっすら期待しながら本屋探訪記を続けてきたがも他の店舗ではついぞ見たことがなかった。それがまさかこの店で見られるとは!
店名と言いオマージュ好きなのかもしれない。
集まれ! 本好きたち!
スノーショベリング。これで全て観終わったが如何だっただろうか。
今回はまとめの文章を読みやすさを考慮して初めに持ってきた。だから、ここで書くことは特にもうないのだが、あえて書くならばこんなに素敵な本屋さんなのだから遠出して寄っても損はないしむしろ得であることは間違いなく貴重な休日をめくるめく本の趣味空間で過ごすということはこの上ない贅沢であることをここに進言したい。
ソファーにうずくまって読書にふけるのもよし。本棚やディスプレイに見とれるのもよし。素敵店主との会話を楽しむのもよし。本好きにとってはたまらない店である。取る物も取らずそそくさと向かえばよろしい。