普段は古本屋メインですが、今回は新刊書店です。新刊書店もきちんと見ておくのが重要かなと思いまして、今回取り上げています。
仙台駅から南に1駅。市営地下鉄南北線の五橋で降りて少し歩いたところに今回訪れた塩川書店五橋店はあります。周辺には大学(北西方面に行けば東北大学、南に行けば東北学院大学)がありますが、このエリアの新刊書店はどうやらここだけのようです。
店について
まず棚を見る。右には文庫、中央は定期刊行物。左側はコミック。かなり充実している印象。コミック棚の上には漫画家の方の色紙がずらり。2010年代前半の色紙が多めでした。
店に入ったところには集合写真、右奥には表彰状。少々棚を物色して本を決め、レジのタイミングでいつも通りお話を伺うことに。ただ今回は開店してすぐに伺ってしまったので、棚を見る時間を長めにしました。
話を伺うと早速、「うち、田中治夫さんの本で紹介してもらったことがある」という一言。田中治夫はポプラ社の創業者、田中治夫が書いた本となると、明屋書店の安藤明の話である『踏んでもけっても』や各地の本屋の話をまとめた『書店人国記』シリーズ(全4巻)。後ほど自宅で確認したところ、たしかに『書店人国記(一)』に、ここ塩川書店の話が掲載されていました。
『書店人国記(一)』を確認すると、塩川書店自体は昭和37(1962)年に、長町にあった丸吉書店から独立したようです。この丸吉、どうやら創業者の今野智洋は仙台の金港堂に大正12(1923)年に入店し、昭和12(1937)年に独立してできた本屋とのことです。丸吉の話はなかなか興味深いですが、本稿ではここまで。
話を戻す。独立当時の塩川書店はどうやら無店舗で営業、昭和42(1967)年に河原町(『書店人国記(一)』本文では「川原町」と記述、住所には「河原町」)に店を開く。店名に「五橋店」とあるので他にも何店舗か構えていたのかもしれません。現在は五橋にしかないようです。
「ジャンプ読めます」
さてこの塩川書店五橋店、もしかすると名前を聞いたことがある方がいるかもしれません。2011年の東日本大震災のときに「ジャンプ読めます」という張り紙を出した本屋がここです。
河北新報の記事によると、この「ジャンプ」は来店した方が置いて行った本とのこと。その後張り紙を書き、配本が再開されるまで様々な方に回し読みをされたようです。現在その「ジャンプ」は集英社に保管されているようです。店舗入って正面の写真や右側の賞状は、この出来事によって手塚治虫文化賞の特別賞を受賞したこと、受賞した際の賞金を出版復興に寄付したことによる日本出版クラブからの感謝状でした。
その「伝説のジャンプ」についても話を伺うと、店を継ぐ前の話を教えていただきました。店主は店を継ぐ前に中野の明屋書店で働いていたとのこと。この「明屋書店で働いていた」ことについては、『仙台本屋時間』にて、記述が確認できました。明屋書店でやっていた「本屋大学の2期生、今はもうほとんど同期は本屋をやっていない」とも。1980年代当時の明屋書店は手書きのポップで有名で、店主もポップ作成を身につけたとのこと。
「ジャンプ」の張り紙については「明屋でやってきたことを思い出して書いた。ポップに思いが込められていなかったらここまで注目されることもなかっただろう」と話していました。
最後に仙台(宮城県)の本屋の話。かつては400軒くらい店舗があったものの、今では80軒ほどに減ってしまったという。宝文堂など昔からある本屋もあるものの、ヤマト屋書店の傘下に入っているようです(現在は外商のみ)。仙台で大きい地場の本屋というと、やはり金港堂となる、とのことでした。
街にある本屋を見に行くとたまに感じるのですが、こと塩川書店五橋店は「街灯りとしての本屋」であることを強く感じました。
買った本
今回買った本は『湯けむり食事処 ヒソップ亭』と『カフェボン 仙台市内編』の2冊。
前者はたまたま棚を見て購入。後者はせっかく仙台に来たので、ご当地の喫茶店情報を仕入れておきたい(今回の遠征では行くことがなかったが、今後のために)購入。
喫茶店については2・3日仙台に滞在するタイミングでゆっくり読書をするための場所として、夏場に訪れる場合は暑さを避けるためなど、知っておいて損はないと思います。