松本駅からバスに乗って中町で下車。そこから少し北方向に向かうと今回訪れた書肆秋櫻舎はあります。折しも世間はゴールデンウィーク、昨今の時節柄にしてはかなりの人出でした。松本城も行列だったようで、この時の本屋巡りに使ったバスはことごとく渋滞に巻き込まれていました。
この本屋、これまでこの連載で紹介した中でトップクラスの初見入店難易度の古本屋でした。やってるか知らず、電気が点いていたので入店。後々店主から「電気点いてるから店やってる」と言われたのでこれはセーフです。『松本の本 創刊号』曰く、「カーテンが閉まっていたらお休み」。店内は3本の通路に分かれ、中央部は文芸や出版、書誌系の本の棚。
左側は郷土系、右は陶器などの美術系と建築などの本の棚でした。さて自分はというと、中央の棚に『書物往来』を見つけ、斎藤昌三の本を見つけ……これは掘り出し物が見つかるのでは、という期待をしつつ棚を見ると、欲しかった本を見つけました。本を選んで会計、の前に店主に話を伺うことに。ここ秋櫻舎、1989年創業で今年で33年となるとのこと。自分が本屋回っている旨を話すと、長野の古本屋事情について話をしていただきました。店主は長野県の古書店について調べていたとのことです。
長野市では師範学校前(今の信州大学教育学部)の大正堂、松本市では県(旧制松本高等学校)のヤマトヤという2軒の古本屋が最大勢力を誇っていたようです。新刊書店の場合は松本は高美書店と鶴林堂書店、長野は長野西澤書店と朝陽館荻原書店(2021年に書肆朝陽館として再オープン)が長く営んでいるところです。ここにさらに県内チェーンの平安堂(飯田での創業)が入ります。
さて、そんな長野の古本屋事情ですが、ヤマトヤに関連して、「当時は県内や市内ではあまり独立して出店ができなかった」という話が出てきました。自分たちのテリトリーに新規に古本屋ができると売上が落ちるから、なのかもしれません。この話に関連して、かつてヤマトヤで働いていた青翰堂書店(2020年閉店)の創業者花岡重雄は駿河台にヤマトヤの名で古書店を開いています(後に松本で営業)。この話は『松本の本 創刊号』に「青翰堂物語」として、2代目店主である花岡頼充氏が証言しています。
なお、青翰堂書店については閉店直前の1週間を書いたZINE『70years→7days お城の形をした古本屋最後の7日間』が販売されていたようですが、タイミングを逃してしまって確保できておりません……2020年にひらすま書房でやっていた「zine zine zine 2020」、現地行くかオンライン販売で買えばよかったです……これは手痛い。
古本屋の縄張りの話は、神田の事情しか知らなかった自分にはかなり衝撃的な話でした。神田だと、神保町から駿河台の間の靖国通り沿いに小宮山書店、東陽堂書店、悠久堂書店などの一誠堂から独立した古本屋が軒を連ねています。それが当たり前だと思い込んでいたのですが、やはり商売なので、相手が増えすぎるとやっていけないのかもしれません。そう思うと合点がいきます。
話を聞いていると、大正堂、ヤマトヤの双方とも、独立した方がかなりいるようなので、これらを系図化してみるのも非常に面白そうだなと感じました。とてつもない時間と気力と体力をかける作業になりますが……分かっている範囲では、ヤマトヤからは青翰堂書店以外にも長野市にある善光洞山崎書店も独立しているようです(こちらは『三郎山論集 7号』所収の山崎晴樹「古本屋雑記」に記載あり)。本屋ついでに高美書店の話を聞いてみると、高美書店の脇にあった慶林堂の話が出てきました。どうやら高美書店の従業員が古本屋として慶林堂を営んでいたとのこと。ここは要調査となります。
高美書店で買った『信州の本屋と出版 江戸から明治へ』を読んでいたところ、明治期に活版所の開業広告に「慶林堂」の文字を見つけました。ここから取ったのかもしれません。高美書店の印刷については後に吟天社となっています。その吟天社は出資者であった小松惣一郎(総一郎)の息子甲子太郎と高美書店が共同経営を行い、共同経営解消後は鶴林堂となりました(2007年頃閉店)。
高美書店の印刷関連は、鶴林堂創業者小松甲子太郎以外にも一時期入店していた上原才一郎(後に東京書籍商組合組長になる)も関わっていたので、明治期の出版に興味がある方は掘っていくといいかもしれません(この辺の話は、拙noteの高美書店の項目にもう少し深掘りして書いています。あまりにも重複するのはよろしくなさそうなので、こちらでは割愛)。
長野や松本の本屋の話や店主がかつて熱中していた神田や早稲田の古本屋巡りの話などもしていただきました。自分の大先輩クラスの方の本屋巡りの話は非常に面白いものでした。話を聞きながらふと、「本屋を回った後は自分が本屋になるのも、やはりありなのかもしれない」と思いました。果たしてできるかどうかは……わかりません。
後編へ続く