2020年夏に福岡は六本松に開店した本屋「BOOKSHOP 本と羊 & FARMFIRM DESIGN」。店主の神田裕さんに本屋になるこれまでといまとこれからを語ってもらう連載「本と羊をめぐる冒険~本と羊が出来るまでとこれから。~」。
第四回目となる今回はついに本屋になった本と羊です。
古本市に参加してみる。福岡にふれあう一日。
2019年9月の福岡滞在を終え、10月の文京区千石での古本市に出店した後、再び福岡へ。11月の市内のブックオカ期間中に開催される、のきさき古本市に夫婦で参加。約100組の個人の古本店主が警固〜赤坂間のけやき通りに思い思いの本を並べ販売する、年に一度の大きな市民参加型の古本市だ。
スーツケース2個分の本を並べ、この日を楽しみにしていた多くの本の好きな方々と接した。この後、同時期に本屋を開店することになる太宰府市の「ブックスアレナ」の店主と仲良くなったのも嬉しかった。ブックスキューブリックの大井さん、忘羊社の藤村さんを中心に毎年開催されているこの古本市に出たことがさらに僕の本屋への夢を後押ししてくれた。
さようなら東京、で、どうなんだ福岡。
年が明けた。2020年。東京オリンピック。待ち遠しい、と思いきや、コロナウィルスが中国国内で広がり始めてはいるがまだ対岸の火事の2月。バレンタインイヴに妻と羽田空港でしばしのお別れ。26年もいつも一緒にいた最愛の人と離れて暮らすのは辛かったし寂しいけど「有言実行」な性格だし、夢のために逃げることはしたくなかった。それにこの時はまだ定期的に東京と福岡を行き来するつもりだった。まさかそれもままならない状況になるなんて想像もしなかった……。
久しぶりの一人暮らしの部屋は狭いワンルーム。スーパーが目の前だということだけが唯一の単身移住オヤジには救いのような場所だった。不動産屋さんと物件の話を再度してから1週間後、いい物件が出たとの連絡。コロナも深刻な状況でもない時期で各方面から福岡市内は出店のために物件が出ると聞くやいなや問い合わせが殺到している時期。なかなか出ないし、出ても迷ってるうちに半年、いや数年経ちますよと言われていた。そんな中の急展開、すぐに内覧に出かけた。
中央区六本松四丁目。「蔦屋書店」のある駅前大通りから徒歩5分の裏通りにその物件はあった。マンションの一階。物件の隣や通りの近くには人気の飲食店も多く、昼から人の多い場所だ。元は18坪のクリーニング店。それを9坪ずつに分けて貸し出すという話だ。しかも同時契約、指定した建築士(オーナーさんの従姉妹さんなのです)に設計・工事を依頼というのが条件だった。悩む理由はない。いつも「直感」で決めてきた。即契約の話を進めた。物件の半分はインポート専門のおしゃれなメガネ屋さんが契約。工事は4月上旬に始まり、6月中旬にひとまず終了。
いよいよ開店……とはいかない。追い詰められていく日々。
7月上旬、新刊仕入れと自宅にあるほとんどの本を運ぶために東京へ。神保町の八木書店で妻と4時間ほど選書と仕入れの手配、翌日はJRCで本を仕入れた。ひとまず新刊は開店に並べられる最低限の冊数は確保した。あとは古本として出す、自分たちの本を段ボール50箱程度に入れて準備は完了。しかし九州の梅雨が長く、明けるまで配送の手続きを待つことにした。その間、内装の予算の関係で残された壁の塗装や棚作り等で淡々と日々が過ぎていった。
7月下旬、ようやく梅雨明け。八木書店とJRCから新刊が、自宅から本が届き、いよいよ本を並べていく作業に取り掛かることに。ただ古本のクリーニングや値段付け作業のためにかなり時間がかかる。一人ではなかなか難しい。まだはっきりと開店日も決めていなかった。ここに来て店を開けることが怖くなってきたのだ。本当に本屋を始めることが出来るのか。急激に不安が襲う。
ただただ作業に追われる日々が数日過ぎ、これではいけないとSNSで手伝い募集の投稿をした。すぐに手伝いますと毎日4〜5人の方が訪れてくれた。10日間いろんな方と作業をしながら、開店日を8月30日の日曜日に決めた。
そこからは猛ダッシュ。開店前の3日間はひたすら古本好きの友人と値段付け作業。毎日22時頃までフラフラになりながらの作業。さすがにしんどい。開店前日に完璧、とはいかず、何かいい口実を考えないとと。ひらめいた。「サグラダ・ファミリアな本屋」。未完成のいつまでも作りかけの本屋。ウチの店にはピッタリのキャッチコピー。早速開店告知ポスターを作り店頭に貼り出した。
本と羊が本屋になった日。
2020年8月30日日曜日。午後12時ついに開店。外には30分以上前から待ってくれているお客さんたちが並んでいた。嬉しいというより、まさか並んでくれているなんて驚いた。たちまち店内に人が溢れ、外では手伝いの仲間が順番待ちの方にワインをふるまい、近所のカメラマンが撮影会をしながらみんなを盛り上げてくれていた。お祝いのお花が続々と届き、華やかな雰囲気の中、僕自身は緊張していた。何か試験のようだった。選書した本たちは売れるのだろうか、本屋として認めてもらえるのだろうか……試されている気がしていた。
でもそんな不安はすぐに払拭された。次々と売れていく。レジから一度も離れられないぐらい混乱しながらお会計の連続。口はカラカラ。頭はフラフラ。午後5時に閉店。怒涛の一日目は予想を上回る売上で終わった。そこからみんなで打ち上げ。泥酔。記憶なし。ぶっ飛んだ。(続)