水道橋の駅から白山通りを南に歩き体感で3分くらい(多分そこまでかからない)、今回訪れた有文堂書店はあります。神保町・水道橋界隈には多くの古本屋がありますが、大部分は東西を貫く靖国通りの神保町古本屋街。
今回訪れているのは神保町を南北に通り、北は白山、南は一ツ橋へ抜ける白山通り。この通りには友愛書房、誠心堂書店、日本書房、丸沼書店などの古本屋、新刊書店では姉川書店が店を構えています。
さて、有文堂書店ですが、自分が学生時代によく行っていた古本屋の1軒です。今では使われていないですが、天外の書棚には100円くらいの岩波新書が大量においてあり、昼休みに食事を摂った後、3限までにちょっと買い物、といったように利用していました。
店に貼ってある「1000円以上は3割引き。それ以外は半額」の紙を見て「これはもしや……」と思い、久しぶりに店内に入る。ちょっと広く感じました。自分がよく通っていた頃はかなりの数の本で通路が埋まっていた記憶があります。棚は歴史、文学、芸能(演劇、能、浄瑠璃など)がメイン。だいたいの本はかなり手に取りやすい値段でした。外の新書の棚は閉まっており、すでに使われていないようでした。
本を手に取って会計へ。外の紙の意味を尋ねると、やっぱり、という内容でした。「本を売り切ったら店を閉める」という話。少し寂しくなると思い、話をしてみると、色々とお話を伺うことができました。能や浄瑠璃関連は2020年に亡くなった(『東京古書組合百年史』(以降『100年史』と記す)にて確認)2代目店主、木下長次郎氏が集めていたものということ。広くなった風に感じたことについては「だいぶ処分した」ということ。
有文堂書店の場所の近くには日大法学部、経済学部があるため、昔はよく教科書を売る人、それを買う人で賑わったという話。日大といえば日大闘争。当時は白山通りに都電が走っており、都電の敷石をちぎっては投げ、ちぎっては投げ……ということがあったなどなど。
また、今はもう取り壊された3号館には日大闘争の痕があるという話も。日大闘争の話は学生時代に教わった教授などから少しだけ話を聞いた(1年くらい講義ができなかったなど)ものと重なり、確からしいのだろう、と思いました。
この辺りの古本屋については、有文堂書店の隣には別の古本屋があり、その後丸沼書店が移転してきた(移転前は研数学館の近くにあったらしい)など。丸沼書店にもお世話になっていました。外の均一棚に結構いい本が挿してあることが多いのでよく買っていました。
神保町は奇跡的に空襲を免れましたが、ここ神田三崎町は空襲に見舞われた、という話も。調べてみるとたしかに三崎町、水道橋のエリアは空襲に見舞われていました。
ここでもう少し、有文堂書店について調べてみることに。まず、創業について。検索してみると「大正6年創業」と出てきました。『稿本神田古書籍商史 : 年表』を参照すると、昭和25(1950)年11月26日の項に、このような記述がありました。
「組合創立三十周年記念感謝式を行い創立以来の組合員六十二氏に記念品を贈呈す。(中略) 木下長吉(営業許可・大正六年)」。
これを見るとたしかに大正6(1917)年には古物商の営業許可を得ていたことがわかります。東京古書組合ができる以前から営業していることは間違いなさそうです。なお、初代店主木下長吉について『東京古書組合五十年史』(以降『50年史』と記す)ならびに『100年史』を見たところ、『100年史』の「過去在籍者名簿」の1974年に確認できました。なお、『稿本神田古書籍商史 : 年表』の後記に掲載されている座談会の写真には写っているようです。
ここで木下長吉について気になることが1つ。『神田書籍商同志会史』の「勤績で表彰された人々」に木下長吉の名前が載っているのですが、「飯島書店」となっていました。これは誤植なのか、それとも飯島書店にいて、後に有文堂書店として独立したのか、要調査項目です。資料が見つかればいいのですが……。
ここで買った本は数あれど(といっても大半は岩波新書)、本稿執筆時点で買った本を数冊ピックアップ。『資料三池闘争史』、『三池を語る』、『三池の労働者運動』、『三池と向坂教室』、『三池日記』、『本郷の寺院』、『西洋陶磁史』。三池闘争関連の本は、本当にたまたま見つけたので購入。すごく久しぶりに向坂逸郎の名前を見ました(多分大月書店版の『資本論』を見た時以来)。
残り2冊はパラパラとめくってみて面白そうだったので購入しました。
話を聞いている時、「店主が生きているうちに来てくれたらもう少し話できたのに」と言われたのはやはり心残りでした。古本屋とか本屋の話を聞くのは時間勝負な状況になってしまった、と改めて実感させられました。
今回参照した資料を見てみると、三崎町には有文堂書店、丸沼書店以外にも香取書店(1992年組合脱退)、文昌堂書店(1993年組合脱退)、松原書店、長門屋書房(2010年組合脱退)、志村書店(1987年組合脱退)、金文堂書店(2020年組合脱退)という古本屋があったようです。
このうち長門屋書房は『100年史』の「神田支部分布図」には「長屋門書房」と記載があり、これは誤植なのか、それともそのような古本屋が存在したか、気になるところです。