ぼくのタナカホンヤ(8)

縮小タナカホンヤ アイキャッチ
はい、どうも。
タナカホンヤのタナカです。

タナカホンヤと沖縄のなが〜いつながり

タナカホンヤと沖縄

ぼくがはじめて沖縄に行ったのは20代前半の頃だった。

このときは、友人が東京からバイクひとり旅していて鹿児島からこのあと沖縄に行くつもりだというので、羨ましくてなんだか悔しくてじゃあおれも行こうかなって2日後には飛行機で那覇に向かったのだった。

バイク旅をして鹿児島から船で沖縄に着いた友人と羽田空港から2時間ほどで沖縄に着いたぼくでは、全く違う感覚だから結果、悔しかった。その後、何日かバイクの荷台に乗っかって本島をぐるっとまわった。

はじめての沖縄は、強烈な太陽光と異国感を味わいながら、テント泊したり、ガイドブックに載っていたホテルに行ったらただのラブホテルそのものだったり、三線名人のおっちゃんと出会ったりのなかなか愉快な旅だった。

タナカホンヤ7 バス停縮小
それから時は過ぎて、鶴見にある沖縄料理屋にふらっと入った。そこでたっちゃんというおっちゃんと隣り合わせになった。酔っぱらって何を言っているのかよくわからないたっちゃんと仲良くなり、ぼくをバングラデシュと名付けてみんなに紹介していた。よく見ると沖縄のおっちゃんたちしかおらず、みなカラオケを歌ったり楽しく賑やかで、うるさいとおかみさんに叱られて盛り上がっていた。どうやらみんな沖縄から出稼ぎでこっちに来ているらしく、たっちゃんも沖縄では漁師をしているという。たっちゃんはぼくと一緒にいた女の子を気に入ったらしく仲良くしてくれたんだと思う。とにかく女好きなのだ。その日はたっちゃんと連絡先を交換して帰った。

それからしばらくは、酔っぱらいながら電話をしてくると女の子の話ばっかりしていた。そんなある日、沖縄に戻ったたっちゃんから彼女の家に荷物が届いた。異様な匂いのダンボールを開けると海産物がぎっしり入っていたそうだ。ただ、クール宅急便ではなかったので腐っていたというウソみたいな話だった。そんな愛嬌たっぷりのたっちゃんが大好きで、いつか沖縄に会いに行くと約束の手紙を書いた。

その後連絡が途絶えたある日、知らない番号からの電話にでると相手はたっちゃんの息子さんだった。父の死を見知らぬぼくにわざわざ電話してくれた。結局たっちゃんに会ったのは一度だけだったけど、ものすごく悲しかった。

それから1年ぐらい経て急に思い立って、2008年ひとり沖縄に行った。着いてから息子さんに電話した。突然にも関わらず、夕方に仕事終わるからよければ来てくださいと言ってくれた。その言葉が嬉しくてほっとして、早速北部行きのバスに乗って向かった。

たっちゃんの家は、たっちゃんの奥さんと息子夫婦たちが暮らしていた。はじめまして、近くにあるたっちゃんのお墓からは海がみえて絶景だった。たっちゃん譲りなのか愛嬌たっぷりの息子夫婦の4才の女の子がとても可愛かった。なにが気に入ったのか顔中キスされた。ただのキス魔らしい。この子のおかげで和やかにみんなでご飯食べに行って、ツタヤ寄って、家でまったりして、泊めてもらった。次の日、朝ご飯をごちそうになりお別れした。その後、那覇をぶらぶらしてとくふく堂に出会った。

そして2010年、たまたま従兄弟の結婚式が沖縄だったので、たっちゃんの家に遊びに行った。女の子はお姉ちゃんになって弟がいた。キス魔ではなくなり可愛らしさより烈しい野生児のようだった。すっかりぼくのことは忘れていたけど、数時間後にはアニメをみながら一緒に踊って仲良くなれた。そして那覇に戻り再びとくふく堂に寄ったら、1ヶ月後タナカホンヤをやることになった。

なが〜い話で失礼しました。どうやら沖縄には縁があるらしいので、また呼ばれるだろう。

つづく